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[コメント] 生きものの記録(1955/日)

60年代の現代もの怪奇映画からウルトラシリーズに至る感性の最良のものを準備した傑作
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本作は水爆恐怖を描いた以上に家父長制を描いている。ひとりで逃げればよさそうなものだが、三船敏郎にはそんな選択肢は考えもつかない。三船の子息がいい大人なのに毎度勢揃いする工場兼家屋の描写は妙ちくりんであり、移転を嫌がるにあたっての「生まれてから工場以外に住んだことがないんだ」なる千秋実の家裁への訴えも幼児的なものだ。

彼等は徹底的に寄食している。裁判所の廊下で三船が家族にジュース配る描写など、変な関係を描いてとても周到。さらに妾が三人。そして工場労働者の面倒をも見ねばならぬという気付きが彼を発狂に至らしめる。こういう旧時代の倫理観が負のスパイラルを描くのを映画は淡々と描写する。三好栄子の奥さんが工場の運動会でバカしている写真がとても印象的。三船の取引相手が東野英治郎左卜全という頼りなさも堪らない。

三船の水爆の恐怖が描かれるのは三箇所あり、この全てに妾の根岸明美の赤ん坊が登場する。最初と二度目は妾宅であり、一度目は雷に怯えた三船は思わずといった風に赤ん坊を抱きかかえる。このショットが三船の倫理観の全てを物語っている。いい人なのだ。二度目は不吉な風の吹くなか(ぱらぱら捲れる雑誌が凄い)ステテコ姿の上田吉二郎の無神経な長広舌(これが上手い)を浴びて赤ん坊を抱きしめ続ける。

そしてラストの精神病院、狂気に立ち会った志村喬と階段ですれ違うのは根岸親子だった。『』で原発被害を告発したのは根岸季衣。これは狙った配役だっただろうか(ふたりに血縁関係があると話が上手いのだが、なかった)。『八月の狂詩曲』と併せ、クロサワが損してでも撮りたかった(本作は大コケ)のはこの系統作なのだという事実は重い。それは旧世代の責任感であっただろうと思う。

収束の中村伸郎の科白はチェーホフの「六号病棟」そのものであり、単純な勧善懲悪志向からクロサワを引き戻していたのはここでもロシア文学だと確認できる。本作はシェクリーの皮肉なSFに近いものがあるが、その元祖はゴーゴリの発狂小説な訳で、アングラ風味を積極的に纏っている。ミュージックソーを活用した早坂(遺作)のジャジーかつ不気味な音楽が素晴らしい。これなんかもウルトラシリーズそのもの。あの時代、異様に見えていた色んなものが、今では異様でなくなっている。より馬鹿な国が核兵器抱いている昨今、三船の強迫観念を飼いならすのはすでに人間の条件のひとつであり、その入口の時代の恐怖は贅沢なものだとすら感じられる。三船に向かって幼児的だよ、大人になれよと云いたくなる我々の感性は、徹底的に倒錯している。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)3819695[*] Myrath Orpheus

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