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[コメント] ザ・ビーチ(2000/米)

海の香りと、マッキン・トッシュの匂いのする映画。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







暴力と糞とバッドトリップ満載の『トレインスポッティング』が強烈に印象的なダニー・ボイル監督だが、むしろ僕はこの『ザ・ビーチ』を推したい。退屈な都会生活に飽き飽きして、ナマなリアルに触れる為、タイにやって来たディカプリオ。彼が冒頭、ホテルで旅行者たちが『地獄の黙示録』を鑑賞しているのを見て、わざわざタイまで来ながら、いつもの生活の延長線上から離れない連中に呆れかえる場面は、非常にアイロニカルなように思う。というのも、ディカプリオが美しい自然の中でサバイバルするのを、画面越しに鑑賞して楽しんでいる僕ら観客自身が、あの旅行者連中と同じ穴のムジナかも知れないのだから。『地獄の黙示録』は、ベトナムのジャングルの奥に深く入った一人の米国軍人が、森の闇の中で原始的な狂気を目覚めさせ、原住民たちを支配して王国を築き上げる、という物語。この、プリミティブな本能の象徴としてのアジア、という見方は、フランスからやって来た若妻がバンコクで本能に目覚める『エマニエル夫人』なんかにも共通するイメージ。セックスと暴力という、人間の二大本能の開放地としてのアジア、という舞台装置は、この映画でも踏襲されている。

ただ、ナマなリアルを執拗に求める主人公も、結局は映像による擬似現実、二次元世界から逃れられないという現実を示している点が、この作品のミソ。何も、ディカプリオが「テレビ見てぇー、ゲームしてぇー」と要求するわけではないのだけど、ジャングルの中でのサバイバルを、主人公がビデオゲーム感覚で行なっていく場面などに巧く表れているように、サバイバルですらディスプレイ上の擬似現実の感覚でしか認識できない都会人の脳内世界を、この作品は露わにしていく。電気も通っていないような場所に居てさえも、既に主人公自身の眼球がディスプレイとなってしまっているような、完全にヴァーチャル感覚に洗脳された、都会人の世界観。『地獄の黙示録』のカーツ大佐の狂気にも、軍人としての行動論理の拡大という面が垣間見られたように、この映画の主人公のサバイバル本能もまた、半ば電子機器に充填された本能であるという、矛盾を抱えている。映画の最後に出てくるネット・カフェにある、緑色の半導体で出来た世界地図は、森の緑に覆われているように見える。これは、‘自然’が全て‘情報’に置き換えられていく現代を、象徴的に暗示しているように感じる。このラスト・シーンで、フランソワーズから送られてきた、島で皆と撮ったデジタル写真が現れるのは、現実としては無残に崩壊した‘楽園’が、それでも美しい思い出の中にだけは残っている、という事と、最初から‘楽園’は、どこまでも非現実的な疑似体験でしかなかったのだ、という事、この二つの真実が同時に表れていて、切なさと共に、どうにも複雑な余韻が沁みてくる。

この作品のもう一つのテーマは、濃密な共同体と、それを守る為に必要とされる秘密・犠牲との、相克。秘密が守られなければ、或いは犠牲にされるものが無ければ、コミュニティの絆は崩壊してしまう。しかし、その秘密・犠牲そのものが、コミュニティを破壊する爆弾として抱え込まれてしまう事にもなる。共同体、というにとどまらず、主人公リチャードが、宿で知り合った連中に地図を渡してしまったという秘密と、それを知ったコミュニティ指導者サルに強いられて、肉体関係を結んでしまったという秘密。これが、リチャードにとって心の楽園であった筈のフランソワーズとの関係に、亀裂を生じさせてしまう。

結局、‘楽園’とは一つの夢でしかない。しかし、少なくとも皆で見た夢としては、一つの現実でもあった、そうした切ない物語でもある。現代人の失楽園に関する省察が込められた、ドロドロとした面のある映画ではあるが、と同時に青春映画としての爽やかさも後味として残る、なかなかの佳作だと僕は思う。映像と音楽の絡みも、ミュージック・ビデオ的なセンスが光る。そのせいで何となく作り物っぽい印象も生じているが、却って作品のテーマにあったテイストになっている。

ただ、撮影中の環境破壊や、映画の影響で集まった観光客による更なる環境破壊によって、この映画に描かれていた現実が、より陳腐かつ俗悪な形で実現してしまったという話は、皮肉という言葉で片づけられるような問題ではない。映画としては大好きなので、その辺が哀しい。..

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)evergreen[*] ゑぎ[*]

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