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[コメント] 青いパパイヤの香り(1993/仏=ベトナム)

官能。大抵は空疎な常套句でしかない「五感に訴える」という表現がぴたりと当て嵌まる、希有な映画。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







草花に囲まれた空間のみずみずしい香りを匂い立たせる、映像の爽やかな高温多湿さ。その纏いつくような空気を一瞬で発散させるような、光の純粋さ。丁寧な手つきで拵えられた料理は、どれも美味しそう。炒められた野菜の緑の濃さ。椀に盛られたご飯の、ほくほくとした白い輝き。昼の、鳥の声。夜の、虫の声。微妙に震える映像の空気に寄り添うような、非旋律的な音楽。

単に官能的な映画というだけではなく、常にどこか不穏な空気、緊迫感、死の匂いが漂ってもいる。ムイの少女時代での、外出禁止令や、成人してから勤める音楽家クェンの家での、明らかに普通の旅客機とは違う、戦闘機と思しき轟音。少女時代の屋敷での、蝋を垂らして蟻を殺す次男。ムイに悪戯ばかりする三男(これはまだ微笑ましい程度だが)。姑から詰られる妻が、ムイに亡くなった娘の面影を見出す事。死んだ娘に詫びるつもりで家出をやめていた亭主が、再び不在になって、しかも帰ってきた際には倒れている事。あたかも、ムイが災いや死を呼び込んだかのようでもあり、それは成人後、長男の友人であるクェンの屋敷に勤めてから、彼と婚約者の仲を結果的に裂く事とも通底している。

ムイは、少女時代には三男の悪戯のせいで瓶を割り、成人後も、クェンの婚約者が彼に送った壺を割ったかもしれない事が、クェンと婚約者の会話から推察される。それと対応しているのが、ムイがこっそり鏡に向かって口紅を塗ろうとした際、傍にあった壺(再び婚約者が贈ったもの)を腕で倒しかける場面。

だが、次男坊が指先で蟻を潰す不穏なショットと、ムイが、切ったパパイヤの中の空洞につまった白い粒々に、指先で触れるショットの幸福な触感や、トカゲを悪戯に使う三男坊と、蛙に水をかけてやるムイとのコントラストなど、ムイ自身は周囲の人間とは対照的に、ただ静かに微笑む無垢な存在でしかない。屋敷の周囲を取り囲んでいるらしき、死と崩壊のイメージが、ムイによって新生の官能性へと転換される。不穏で、幸福で、刹那的で、永遠で、無で、全感覚を湧き立たせる映画。

(評価:★4)

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