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[コメント] イニシェリン島の精霊(2022/英)

私が今まで見たマーティン・マクドナーの中で、目下のところ本作が一番好きな作品になった。その理由の第一は、舞台になる島のアイルランドらしい(と私が勝手に思っている)地勢が良い画面を提供する、という理由。
ゑぎ

 そして、これまで、ちょっとワザとらしいとも思える奇矯な、ひねくり回した作劇が多いと感じていたが、本作にはそれをほとんど感じなかったという点や、これ見よがしでない抑制されたユーモアが気に入った、といったところだろうか。

 画面の見どころでいうと、やはりまずは美しい撮影をあげるべきだろう。ドローン大俯瞰での緑色の地面、画面奥に海をのぞむカルスト地形、両脇に石を積み上げた道などの景色。また、窓越しのショットの多用、ドアの活用といった画面も見応えにくみするだろう。冒頭はコリン・ファレルブレンダン・グリーソンの家を訪ねるシーン。海岸沿いの斜面の家。犬がドアのところにいる。窓越しにパブへ行こうと誘うファレル。部屋の中で見向きもしないグリーソン。この窓は何度も使われるが、ファレルの家の窓も同様に印象に残るシーンがある。馬が覗いていたり、というのは終盤だが。あと、ドアだと、何と云っても、グリーソンがあるモノを投げつけるドア。あるいは、パブの場面においても、窓とドアは複数のシーンで機能している。

 作劇的な基本設定であるグリーソンの心変わりや、ファレルの反応についても、私はこういうこともあるだろう、というレベルで首肯できるものだ。また、プロットをドライブする自傷行為に関しても、これは現実レベルの認識でどうこう云うものではない、作劇の肝(これがあるから面白くなるもの)として、受容すべきものだと思った。

 ユーモアに関して云うと、ファレルとその妹のケリー・コンドンとの会話で、島で一番のアホと兄妹が云うドミニク−バリー・コーガンの存在がいい。じゃ、2番は?という科白を出しておいて、晩飯を3人で食べるシーンでは、ドミニクはフランス語を一言喋る。その際、コンドンが意味深な顔。彼女は、やっぱり、ドミニクが2番かも(1番のアホはお兄さんかも)と思ったのだろうと、私は受け取った。あと、教会のシーンが2回あるが、同様にグリーソンの告解室のシーンも2回ある(こゝも窓が活用される)。この1回目の告解場面もユーモラスなシーンとして印象に残る。こゝはちょっとこれ見よがしかも知れないが。

 そして、本作のポイントは、グリーソンがある一面を除き、とても思索的で聡明な人物として描かれていることにもあると、私は思う。もともと音楽好きで、フィドル(バイオリン)奏者。音大生に教えるぐらいの人だ。作曲もする。それに、ファレルを拒絶しても、彼が警官に殴り倒された際は、手を貸して起こしてくれる。パブでファレルに食ってかかった警官を殴る場面もある。また謝罪と感謝の言葉は、グリーソンの方からかけるのだ(ロバのことは本当に悪かったとか、犬を預かってくれてありがとうとか)。だが、自傷行為は彼の納得ずくの行動だろうが、ドアへ投げつけるというのは、予告した放火以上の暴力だと私には感じられた。これをどう感じるかは見る人によるだろう。海を挟んだ向こうの本土では、内戦(英国との独立戦争ではない、アイルランド人同士の戦い)が行われており、何度か戦闘の音が聞こえたりするが、グリーソンとファレルは、この内戦の象徴の意味もあるのだろう。

 アクション派俳優のイメージも強いファレルの受けの演技、情けなさの表現も確かに素晴らしく、多分、彼が主演男優賞だと思うが、私はグリーソンの造型の方がカッコいいし面白いので好きだ。グリーソンも主演男優賞で良かったと思う。

(評価:★4)

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