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[コメント] 秋のソナタ(1978/スウェーデン)

愛と憎しみの葛藤
ルミちゃん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







児童文学作家のエーリッヒ・ケストナーが、親がいないことによって不幸になった子供が沢山いるが、親がいることによって不幸になった子供も沢山いる、この様に言っています.最近になって日本でも家庭内における児童虐待が問題視されるようになりましたが、おもに暴力的な目に見える形の虐待を言っているるように思えます.この映画で描かれたものは精神的なものであり、一般的には大人になっても内に秘めたままで言葉として語られる事ではなく、見えてこないものであると考えられます.

ベルイマンは家庭の不和、親から子への愛と子供の心の絡みを、自分の映画の命題として追い続けていたと言わなければなりません. 秋のソナタより丁度30年前にベルイマンは愛欲の港を撮っています.愛欲の港の場合は、精神的な虐待ではあるが、子供が非行に走り目に見えてくるものが描かれました.けれども社会的に子供の心が正しく理解されない、事の本質が見えてこない点は同じであったと言ってよいでしょうか.

エーヴァの姿を通して、精神的な児童虐待が人間にとって一生消えることのない心の傷を残すことを克明に描きあげています.親から子への愛情に欠落した家庭に育った子供が必然的に抱く、愛と憎しみの葛藤.愛そうとしても愛しきることはできず、憎もうとしても憎みきることもできない、愛と憎しみの間を彷徨い続ける心.ある面では子供である限り、いつまでも親の愛を求め続ける、断ち切ることのできない想いを描いていると言えるのです.

夫婦の愛が、夫婦が互いに愛し合う心が、子供の人を愛する心を育てるものなのですが.エーヴァの場合には、母親は仕事しか眼中になく、母親の愛に欠落して育ってきた、のみならず、家庭の不和、母親の浮気に対して、家庭の平和を、夫婦が幸せに暮らすことを願って生きてきた.親から愛されるのではなく、子供心に両親を愛して育ってきた、と言わなければなりません.この事実を、少し別な角度から観れば、夫婦の愛は子供に安心を与えるもののはず、に対して、彼女の育った家庭環境は、常に彼女に不安を与え続けてきたと言えるのです. そしてこの様な環境で育った子供は、自分自信で人を愛することによって、愛とはどの様なものか自分自身で理解する事によって、親に対して憎しみを抱くようになる.自身の恋愛により愛とはどの様なものか知るとき、親が自分を正しく愛していない事実を知ることになり、子供心に親を正しく愛して来たからこそ、成長過程において歪められた心は、親に対して憎しみを抱くようになって行くのです.

この様な形で歪められた心は一生消えることはなく、エーヴァの姿は自分自身で逃れようとしても逃れることのできない苦しみを描いています.愛情を示し母親に手紙を書いて呼び寄せはするが、母親が来たとたんに憎しみが表に出てくる.そして彼女自身が、どちらが本当の自分なのか自分で分からなくて悩むことになる.更に続ければ、夫は彼女のそうした心を正しく理解しているからこそ、彼女を黙って優しく見守っているのですが.

エーヴァの歳は30前後と思ってよいでしょうか.けれどもこうした人間の内面の問題は年齢と共に解消する事柄ではなく、同時に、エーヴァ自身がそうであった、酔っているから言えるのだと話し始めたように、この映画に描かれた親子の心は、一般的に言って口に出して話をできる事柄でもありません.この点で付け加えれば、この母親はいくらかはエーヴァの言葉に理解を示したと言えるかもしれませんが、多くの場合は言っても無駄であり、自分の悲しい想い出を甦らせるだけで、後悔しか残らないのが一般的と言うべきでしょう.言ってみても辛いだけなのです.が、この点に、ベルイマンの目的の一つがあると思える.つまり、普通では言葉にできないことを、この映画が代って言葉にしてしまうことに、目的があったと考えられるのです.

人を憎んでもそこから何も得るものはない.人を愛することに、愛し合うことに生きる価値がある、この事は、親の愛の欠落した子供ほど良く知っていると言わなければなりません.だから常に愛し続けようとするエーヴァの生き方、病身の妹を引き取ったり、亡くした子供をいつまでも生きているかに想い続けているのは、こうした心からなのですね.

バーグマン最後の映画であり、彼女自身の生き方が作品中の母親の役に重なるものがある、この点にも触れたかったのですが、また別の機会にします.

(評価:★5)

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