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[コメント] ダージリン急行(2007/米)

狭い場所と左右対称の構図への特殊な偏愛がこの作家にある。本作と『ライフ・アクアティック』を観ただけの印象で語るのは気がひけるのだが、列車と船というキャメラを据えるには少し難儀な背景を殊更設定したがるこの嗜好には、当然ながら映画作家としての矜持があるはずだ。
ジェリー

 たった二作という鑑賞体験しかないにしては、要素の共通が結構著しい。引きの絵を設定しにくい場所の中で全体像を示さなければならないことから必然的に発生する広角レンズの多用、本来あるべきはずの壁を取り払いそこにキャメラを据えたがる習性、画面の中に左右対称の構図を作りたがる性癖、緊張と弛緩のない混ざった人生における不思議な時期におけるストーリー設定、死と誕生(妊娠している女性の登場)の説話上強引とも見える取り込み、親とアンビバレントで微妙な関係。ざっとあげるだけでこんなにある。

 かといって二作が瓜二つというわけでもなく、スローモーションや、極端なズームアップへの傾斜という特徴もまた本作を彩る。テンポの緩急の付け方は老獪ともいえる腕前で、一種のストイックな構図作りとは対照的で、時間はぐにゃぐにゃになるまでいじり続ける。空間表現ににうまさがあるように見せながら、実は時間の文節化で空間を表現している作風だ。空間は完全に時間の従属物であり、キャメラをあらかじめ動かすことを前提とした中に、俳優や小道具、見せたい対象物が布置されているという撮り方である。いわゆるエスタブリッシング・ショットの強烈なワンショットで牽き付けてしまうタイプではない。

 ポリフォニックなスタイルを持つという点では、最近の画面一発の切れ味志向の監督さんたちとは一線を画す。すこしづつモチーフを入れ替えながら漸進を図るタイプなのか。スタイル構築にもうしばらく監督としてのキャリアの重点を置くとするなら、それはそれでよいが、以前のように監督をじっくり育てることを自ら許容していた観客がどれほど存在し、彼らが彼の成長をどの程度気長に見守るかにかかってくるだろう。私には、そこまで許容するには、少ししんどい程度の才能という気がするのだが。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)DSCH[*] Orpheus 煽尼采[*]

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