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[コメント] 炎628(1985/露)

思春期の少年の感受性がとらえた戦場のスナップショット。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まだ世界というものをよく認知できていない「大人ではない」者の目に映っているかのような風景の描き方が印象的。残酷なリアリズム描写でありながら、ただの客観的、ジャーナリスティックな画面ではなく、心象風景的で、詩的な抒情感にあふれているからそう感じるのだろう。戦争が冒険への憧れであったり、母親や妹以外の異性のエロスであったり、家族や村人以外の大人の男の近寄りがたさだったりと、少年が初めて触れる異質さや異様さの描写が丁寧に積み上げられているのは、きちんと文学的なテキストが用意されていて、監督は忠実にかつ映像的に工夫を凝らして撮っているからだろうと思う。巡回する軍用機、牛とともに這いつくばって見上げた銃弾の光跡、ヒットラーを模した人形との道中に感じたユーモラス、泥沼にずっぽり埋まった記憶、朝霧の切れ間に一瞬現れる村人の折り重なった遺体と、村人を焼き殺すために次々沸いて出てくるドイツ兵の部隊。これらは記録映像とは違う、一枚一枚が少年の記憶がシャッターを切ったようなスナップショットを見せられているようなリアリズムがある。効果音や劇伴の使い方からして、「心象風景の再現」ということに監督がかなり意図的に綿密な設計で臨んでいると思った。少年の顔の皺は特殊メイクだと思うが、特殊メイクを施してでも「彼の顔に皺は刻まれていなければならない」とする監督の設計意志が感じられる。

ナチスドイツの歴史を逆戻ししようと、主人公の少年がたった一つの抗戦としてヒットラーの肖像写真を撃ち抜かんとするラストは、あの時のあれさえなければこうならなかった、あの時あれを止めていればこうならなかった、と、どこで人類は道を間違ったのか、地獄の分岐点はどこだったのか、と後悔をもって探るわれわれ大人たちの代弁のようで、ベタだけどそれが少年の一途さのようで共感できる。やがてこいつさえ生まれと来なければと、ヒットラー少年に到達した時、分岐点を通り過ぎてしまったことに気づく。そこが発端ではなかった、その後少年ヒットラーに世の中の何かの悪が作用してしまったと少年は本能で悟る。でもそれが何か少年はわからずにパルチザンの大人たちの背中を追って森へ帰っていく。世の中の悪の何かがわからぬまま森に帰る姿も、いまだ戦争から逃れる術を知らないわれわれ大人たちの在り様だった。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ぽんしゅう[*] 寒山拾得[*]

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