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[コメント] ラストエンペラー(1987/英=中国=伊)

溥儀の歩んだ数奇な運命をこんな形で回想できるのはうれしい。
G31

広大な領土と、膨大な人口を、数世紀に渡り支配してきた一つの政治システムが、終りを遂げるに際し、当の最高権力者の周辺がまるで台風の目の中かのように静かで平穏であったのは、個人の運命におけるというより、人類の歴史において、大いなる皮肉である。わずか3歳で即位した新皇帝の前にひれ伏し、紫禁城のだだ広い敷地を埋め尽くす臣下たち。皇帝のみが目にすることを許されたこの光景を、単に我々の眼前に再現することで、皇帝の持つ権勢の凄まじさを知らしめただけでなく、その光景の意味さえ理解しない幼き皇帝を構図の中にきちんと配置することの出来るベルトルッチは、そんな歴史の皮肉をも描き出したのだと言えよう。

10数年ぶりにビデオで見直してみたが、記憶よりも駆け足な印象だった。日本があの大陸でしでかした数々の悪行も、記録フィルムで簡単に引用されるだけであり、同じ文脈でエノラ・ゲイや広島・長崎が描かれるので、ある程度まで相殺されているように見えた(※)。中国の歴史を変えた辛亥革命や赤化革命でさえ、直接描かれることはなく、当の中国共産党ですら今では批判の対象としている文化大革命についても、意外に冷静な語り口で語られているように思えた。撫順の戦犯管理所といえば、泣く子も黙る(?)「洗脳」のメッカとして有名な所である(そしてそのノウハウを示唆する看守も約一名登場する)が、その具体についてはまったく描かれない(皇帝だった男を普通の一市民に作り変えたのだから、その最大の「功績」の一つだろう)。もう一度皇帝になりたかった男、本当の皇帝として君臨したかった男として溥儀を描くことにさえ、躊躇しているように見えるこの映画は、歴史を裁断する意図で作られたものではない、ということだろう。その分、この男が何を考え、いかに生きようとしたかについては伝わってくるところが少なく、単に溥儀の人生のダイジェスト版になってしまったきらいがある。そんな批判は甘んじて受けるということなのだろう。

(※「日本は世界で唯一の神聖な民族であり、中国もマレーシアもシンガポールもetc. インドまでもが日本の支配下に属すべきなのだ!」と大見得を切る甘粕正彦=坂本龍一。は、いいんだけど、画面の隅っこでやらされているんだよね。ベルトルッチの意地悪・・・。)

暴君どころか単なる専制君主ですらなくなっていた「最後の皇帝」溥儀を、その居城=紫禁城から追い出した直後、詰め掛けた中国軍兵士の間から、ときの声のような歓声が上がる。これは、旧体制を象徴する「君主」の放逐に対してというよりは、満州族という異民族の支配を受け容れてきた漢民族の、取り戻した誇りが生んだ歓声であるように思えたのだが、どうだろう。むしろ、ヨーロッパ人であるベルトルッチが興味を持ったのは、こんな部分に対してではなかろうか。紫禁城の正門(天安門?)を出た溥儀=ジョン・ローンが、ふと視線をやるその先には、そんな周囲の喧騒とはまったく無関係な風情で、駱駝が草をムシャムシャやっていた。その傍らに、ある意味“呆けた”と形容するのが相応しい、駱駝の如く何も考えていないように見える“民”。歴史の荒波に最も脆いようでいて、そういうものを超越しているように見える“民”。そんな彼らをさりげなく描くことの出来るベルトルッチの歴史に対する視点は、極めて信頼に足るように思えた。

80/100(02/08/11再見&review追加)

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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