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[コメント] ソラリス(2002/米)

小学三年生の娘が、ラストシーンを見て「仲直りして良かったじゃん」という言葉に我に返る。
chokobo

ソダーバーグ監督が言うように「これはラブストーリーなのだ。」原作も読み、タルコフスキーも見た上で”ラブストーリー”であることに幾ばくか安堵したりする。そんなに深く考えるなよ、ということなのかもしれない。

ここで詩的なセリフがいくつかあって、その究極のテーマは愛だ。「愛する人が亡き後も、愛は死なず。そして死は支配をやめる」とは誠に哲学的。この映画を支配する主人公と失った妻との関係を一発で物語る詩であった。これはなかなか非現実的だ。それは死、というものが日常茶飯事であれば別だが、この二人の関係だけに凝縮されたフィクションとしてのセリフである。これはこれで見事だ。

妻がソラリスを窓越しに眺め、彼女の横顔に影がかかり、そして暗転する。妻が自分が命ある存在ではないことを自覚する瞬間である。このシーンが最も感動的に見えた。この暗転こそが日々の日常を作り上げる。人間は感情の動物だ。心を持つ生き物。そして先んじてソラリスへ向かった科学者が「人間になるのは人形の夢だ」と語る。このセリフもこの映画に重みを増す。

人形あるいはロボット、『ピンキオ』であり『A.I』であり、それぞれが人間になろうとした。この関係をこの映画では我々に体現させようとしている。

但し、どうしてもタルコフスキーの『惑星ソラリス』がよぎる。これはやむを得ない。あれから30年の歳月で作られたこの『ソラリス』は、しかもアメリカ映画として、これは全く異なる作品となった。タルコフスキーはこの原作をラブストーリーではなく、地球愛として描いた。故郷、地球、そして遠く離れた宇宙からその恐怖の積み重ねの中で、地球への深い愛情がわき上がるラスト。あの感動と驚きを忘れることなどできない。あの壮大なテーマに裏打ちされたタルコフスキーの『惑星ソラリス』と比較してはあまりにもかわいそうだ。全く別物として考えてあげたい。

キャメロンソダーバーグが組んで作られた『ソラリス』は、単なるラブストーリーであることに加えて、生きることの価値と死ぬことの重さ、そしてその複雑な関係を明快に描いたのでる。

うちの娘が「仲直り」といったのは、夫婦だけではあるまい。親子であれ兄弟であれ、どんな場合にも後悔とともに残るもの。『シックスセンス』でも語られた生命を失った者の後悔が生きる者に伝わったらどれほど幸せか。そんな気持ちが残る映画なのだ。

余談だがキューブリックだったら、この映画をどのように解釈しただろうか?と考えるのは私だけだろうか?

(評価:★4)

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