[コメント] マタンゴ(1963/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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本作の原作はホジソンの「闇の声」という短編。これを日本SF界を引っ張ってきた星新一氏(彼の場合はいくつかのアイディアを出しただけだという話もある)と福島正実氏の翻案により映画化される。
前々から観たい観たいと思っていた作品だったが、この度ようやくDVD化されることとなり、やっと望みが叶った。出来にも大満足。
先ずなんと言っても脚本が秀逸。孤立し、食料も少なくなった時に、徐々に人のエゴがむき出しになっていく過程が丁寧に作られていくし、その中で理性的に行動しようと言う側と、パニックに襲われてしまう側との断絶の描き方が際だっている。この時間内で、きっちりと全てを描ききっている点は素晴らしい。パニックものの映画としても充分に鑑賞に足る作品だった。
そして島に豊富に生えているキノコを食べたいという欲求をどんどんふくらませていく描写。これが際だってる。食料は目の前に豊富にあり、それを食べられないのはまるでギリシア神話のタルタロスの話のよう。しかもこっちは死にそうに腹が減ってる時に、目の前で美味そうにキノコにかぶりついてる姿を見せつけられるとあっては…しかもその恍惚とした表情と来たら、ゾクゾクするくらい。中でも、キノコを食べれば食べるほど妖艶に変わっていく水野久美や、最後の最後にキノコを食べ、恍惚とした表情を浮かべつつ、村井にしなだれかかってくる八代美紀の表情は凄まじいほど(キノコを食べて醜く変わっていくことを全く逆転させたのは本多監督のアイディアだそうだが、見事なはまり具合だった)。
又、本作は堕落の快感というものをも示していたように思える。自分がキノコに覆われ、マタンゴになってしまう恐怖感と、このままでは死んでしまうと言う飢餓感。その板挟みにされた人間の心理。生存の欲求をどこまで嫌悪感と言う鎧で押さえつけられるのかと言う、原初的なテーマが封じ込められている。原初の社会から始まった社会は“嫌悪感”というものを作ることによって文明を築き上げてきた。それは殺人に対する嫌悪であったり、フリーセックスに対する嫌悪だったりもするし、勿論食べ物に対する禁忌も重要。文明とは、タブーをどこまで進められるかでその度合いが測れるだろう。だが、人は同時に、動物的な原初の快楽を求めようとするのも確かな話だ。
そして食欲という原初の快楽に向かって一人、又一人と堕ちていく。嫌悪の果てに待っているのはこの世ならぬ快感…あれ?これって凄えエロチックな作品と見ることもできるんだな(笑)。
しかも同時にこれは単なる人間の極限状態を描いただけの作品ではない。言うまでもなくそれはマタンゴという怪物の存在。怪奇ものっぽく、最初はなかなか姿を現さず、徐々に忍び寄ってくる演出が巧い(尚、人間とマタンゴの中間的なキャラクターが登場するが、演じているのは天本英世だそうだ…全然分からねえって)。きちんとタイミングを計って怪物を投入する。これ又巧さだな。
ところで、DVDの特典を観ていたら面白い事が分かった。特撮映画は人間のパートと特撮のパートに分けて撮影されるのだが(特撮映画には監督と特技監督の二人の監督がいるのはそのため)、この映画に関しては、同時撮影のパートが非常に多かったらしく、スチール写真には本多猪四郎監督と円谷英二特技監督が一緒に写っているのが結構多い。お互いに勉強になったというコメントを聞くことも出来た。コメンタリーも興味深いので、DVDはお勧め。
本作により、私の大好きなジャンル、悪夢映画に大切な一本が加わった。ただ正直、この作品で一番「怖い」と思ったのは、最後の八代美紀の「せんせえ、せんせえ」と言う声だったりして(笑)…いや、マジあれ怖えよ。堕落に誘う声。自分が自分でなくなりそうで…
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