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[コメント] 金の糸(2019/グルジア=仏)

この心境は老境の悟りなどという曖昧なものではない。私は、79歳の作家が自身の運命を左右した理不尽と、生じた亀裂に対して示す思いが理解できなかった。しばらくして、それは新たな価値の創造に意義を見出す作家(クリエーター)の"自尊心”なのだと思い至った。
ぽんしゅう

割れた陶磁器を修復する日本の「金継ぎ」が比喩として語られる。バラバラになった器の断片が「金」によって継ぎ合わされ、もとのカタチを取り戻す。その継ぎ目を縫うように走る「金の糸」により、その器はもとの美しさにもまして“新たな美”を手に入れる。

小説家エレネ(ナナ・ジョルジャゼ)は、ときの政府の検閲によって「表現」を奪われた。政府の元高官ミランダ(グランダ・ガブニア)はソ連の崩壊により「権威」を失った。二人の間で揺れた男アルチル(ズラ・キプシゼ)は二人はおろか、長年連れ添った妻という「愛情」の対象を失った。

バラバラになった「表現」「権威」「愛情」のルサンチマンの破片は"和解”などという机上の理念では修復できないだろう。唯一、もとのカタチに近づく方法は互いの″自尊心”を認め合うこと。そこには、決して元どおりではないけれど、なんらかのカタチが生まれるれるのだ。そのカタチのなかに、次の時代に受け継がれるべき"新たな美”が見えてくるかもしれないということ。

互いに失った“自尊心"を認め合い復活させる意思こそが「金の糸」なのだという思いは十分に伝わってきた。次の「世界」を創造するということ。ラナ・ゴゴベリゼ監督はジョージア独立後、政府機関の仕事に従事していたという。

(評価:★3)

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