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[コメント] ジュデックス(1963/仏=伊)

「或る夜の出来事」という措辞の持つの曰く言い難い響きが木霊する二度の出現#。深層のじじまの中から魔性のものが立ち上がる驚異の瞬間。寝静まった城に夜盗に入った黒タイツの女が復路の門前で狼の一群と遭遇するまで。道端で傾眠する探偵が憑き夜の石畳を戞然と鳴らす辻馬車の到来に驚かされて白タイツの女曲芸師と再会を果たし。目もあやな陰陽二人の対決、三角屋根上のキャットファイトほど、美学的に満足のいく結着はない
袋のうさぎ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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陰謀詭計が百鬼夜行する犯罪活劇で、西欧クラシックの様式美をふんだんに取り入れながら、子供の領分で戯れる者の溌剌とした喜びを失わずにいることの奇跡。そんな離れ業、白黒の怪奇瑰麗な画面が、サーカスの楽屋から抜け出してきたような悪女と探偵と手品使いの活躍の場を、どこか別な時代の、すでに滅びた世界の断片のように映していなければ、土台不可能だろう。

マゾッホの小説に出てくるような、残酷で、快楽主義的で、良心の欠片もないダークヒロインを崇める者からすれば、本作のマリ・ヴェルディエ嬢ほど、永遠のミューズの殿堂入りに値するものはいない。彼女の冷血動物的な芳顔が画面いっぱいに溢れるシーンは限られているが、そのどれもが暗がりに冷たく光る犀利な匕首の印象を残す。夜中に元雇用主の館へ窓から忍び込む際に一瞬だけ見せる放心顔のアップ。まるで隣人の愛猫をオーブンで焼き殺したときを思い出しているかのようだ。そして、死のダイビングの直前に屋根際から目元だけを覗かせる絶叫の顔。あれほど凄艶な恐怖の表情を見たためしがない。もともと石膏のマネキン並みにスタイルがいいので、女中から尼僧、下町のお針子から黒タイツの泥棒まで、シチュエーションに合わせて着せ替え人形のような変わり身の早さを見せるが、世の中の蛙鳴蝉噪など、どこ吹く風の涼しい顔である。画面に出てくるたびに猛獣使いのシグネチャームーブを肩ひじ張らずに決めて見せる。なかでも、場末のキャバレーで、愛人兼子分の優男とペアを組んで、男女の睦言の代わりに次の陰謀の筋書きを囁きながら、お尻振り振り、小気味よく踊っている姿は天下の絶品である。

そんな彼女と対照的なのが、本作の表題にもなっている世直し集団の首魁<ジュデックス>である。現代のロビンフッドかと見紛う大任とは裏腹に、その空気のような存在感のなさは、劇中二度に渡って実演される奇術の腕前のためだけに招聘されたのではと勘ぐってしまうくらいだ(演者は本職の奇術師である ##)。大団円の救出作戦に際しても難なく撃退されたりと、こいつはただの狂言回しかとびっくりしてしまう。男性陣のもう一人の要である探偵も、これに輪をかけて玉無しの役立たずだ。依頼主である銀行家ファブローに頭が上がらずドヤされっ放し。勤務中は終始眠たげな眼がにわかに生気を取り戻すのは、いたいけない子供相手に与太話に興じるときぐらい。今の時代だったら、小児性愛のかどで懲戒免職を喰らいそうな男である。もちろん、そんな輩どもに我らのマリ・ヴェルディエ嬢の相手が務まるわけがない。バベルの塔のごとき高みにある屋根裏部屋に、これまた彼女らしい気まぐれから籠城したのに対して(###)、肝心の男たちが手こずってばかりなので、わざわざ通りがかりの巡業サーカスから花形のデイジー嬢を借りてこなければいけない有り様だ。この瞬間、我々は、映画史上最も珍妙な等式(####)の解決の予感に胸を躍らせるのである。

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東の雨月、西のジュデックスと言われる所以である(うそ)。なかでも、朽木屋敷の行き帰りのくだりを是非なく偏愛する者としては、同じ種類の満足を得ようとすると、上記の二場面のほかに、立ち戻る先がないくらい。その逆も然り。ちょうど、大洋の荒ぶった波打際に黄金の大砂丘がかき消えていくのを鳥瞰したいと思えば、ナミビア以外の目的地が考えられないのと同じように。

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演技力を要求されるパートがほとんど与えられていないこと、実際、全編に渡って口にする科白が数えるほどしかないことから、黒マントを颯爽と靡かせ、機械人間のように生気の乏しい黒子の手下たちをぞろぞろと引き連れて歩く、その凛としたシルエットが絵になるというのも、もう一つのキャスティングの理由ではと憶測を巡らすことも可能だろう。だからといって、彼が役不足ということは絶対にない。たとえば、仮面舞踏会のハト芸のお披露目のシーンが本作の白眉の一つであるのは言を待たないだろう。老執事というには長身で体格がよく、水も滴る美男であることも、城館や田園のどこか浮世離れしたところのある白昼夢のような雰囲気によく馴染んでいる。その神出鬼没の掴みどころのなさが、逆に本作の陰の主役である女泥棒ディアナの存在を否応なく肥大化させて見せるのである。

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子分→ということは我々は袋のネズミじゃないか!(今更のように)

マリ・ヴェルディエ嬢→じゃあ やめようか(しんみり)

ふてぶてしいというか、お目出たいというか、彼女の徹頭徹尾ノンシャランな態度は、第45代アメリカ合衆国大統領ことオレンジ・ガイを彷彿とさせるものがあって、くすりとさせられる。いつの時代も、筋金入りのサイコパスは、呆れるほどの変わり身の早さで開き直って見せるものなのだ。

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十八番のハト芸と変装術にうつつを抜かすブルース・ウェイン張りの御曹司<ジュデックス>

有名な叔父のおかげで後釜に収まった抜け作探偵<ムッシュー・コカンタン>

オリバーツイストの仲間と徒党を組んでそうな街角の男の子

暴君の叔父がサーカスのライオンに食い殺されたことで、晴れて自由の身になった女曲芸師<マドモアゼル・デイジー>

家庭教師のふりして玉の輿に乗ろうとする<コソ泥女ディアナ/別名マリ・ヴェルディエ> (とそのパシリ君)。ちなみに二人の関係は、『欲望のあいまいな対象』のコンチータとジプシーの色男を思い起こさせる。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ゑぎ[*] KEI

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