[コメント] 結婚哲学(1924/米)
何を以って人はこれを「ソフィスティケイテッド・コメディ」などと呼ぶのか。確かに人間の滑稽が描き出されてはいるが、「笑えるか否か」のみを基準とすればこれは断じてコメディではない。またソフィスティケイテッドも形式面に対する形容でしかないだろう。しかし、むろん、それらがこの映画の瑕疵となることはない。
マリー・プレヴォーとフローレンス・ヴィダーが再会して夫婦生活に関する積もる話でもしているのであろう場面は、執拗な切り返しのディゾルヴで構成される。サイレントではよくあった技法なのだろうか。少なくとも私の記憶にはない。ショットサイズの適正さ、カッティング・イン・アクションの正確さ、小道具の機能性、それらについては今さら云うまでもないだろう。これはルビッチの映画なのだから。ただし医師モンテ・ブルーの馬鹿笑い顔は、よくも悪くも映画のバランスを崩している。あるいは、その顔芸で観客の笑いを確保しようとする魂胆か。
ところで、日本の、それもはるか後世の観客からすれば、このアドルフ・マンジューは明らかに斎藤達雄ですね。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (1 人) | [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。