コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 市川崑物語(2006/日)

I'm looking for your ability. Because you are the man who has enough strength in reserve.
Linus

和田夏十さんが指に煙草をはさみ、宙をぼんやりと眺めている写真が背表紙の本を 持っている。その写真をスキャナーで読み込み、コピーしたモノをPCのプリンターに 貼っている。その隣には坂口安吾のコピー。私がパソコンを使う時、プリンターはラックの上に置かれているので、頭上には夏十さんと安吾が私を見下ろす形となる。

文章を書く時は、いつもいつも二人に監視されているような気分になり、 下手な物だけは書くまいと思いながら、キーを叩く。

そこまで二人を好きになったのはいつからだろう? 安吾はわかる。 高校時代、太宰かぶれだった私の方向転換をさせてくれた作家だし。 だから大学生になってから読んだ。「不良少年とキリスト」を読んだ感動は、 今でも覚えている。でも和田夏十という人は、もっと後だ。 確か集中的に古い日本映画を見始めて、『黒い十人の女』を見終わった時、 なにこの映画? いつ作られたの? と度胆を抜かれたのだ。 この映画を観ようと思ったのだって、ピチカート・ファイブの小西康陽が オススメしていたから、ミーハー心で観ただけだし。

未見の人がいたら、まずは観て欲しい。10人の女優陣の競演もさることながら、 脚本と映像が素晴らしいのだ。和田夏十という脚本家の名前を刻みつけたのは、 まさにこの瞬間だった。……気がする。和田夏十。知りたい、知りたい。という欲望にかられた。でも、亡くなられたのは20年以上も前で、結局手に入った本は、谷川俊太郎が編集した「和田夏十の本」だけ。あれから何年経っただろう。

まさか岩井俊二監督が作ってくれるとは思わなかった。監督が『犬神家の一族』の 大ファンで、市川崑と黒澤明は映画監督として別格と言っていたことはラジオで聴いたことがあるので、市川監督メインになるだろうと映画を観る前は思っていた。それが、である。まさか二人のラブストーリーを再現してくれるとは。なんというか、資料が手に入らず夏十ファンの私にとっては、夏十さんの映像や言葉がスクリーンに出てくるだけで、途中から涙がとまらなくなって、字幕すら読めなくなってしまったのである。 この感情を例えるなら、荒木経惟全集の3巻「陽子」という写真集を 読み終えた時に似ている。アラーキーは自分と陽子との出会い、そして彼女の死を、 アラーキーの視点で写真に残した。「市川崑物語」は、市川崑と由美子の出会い、 そして彼女の死を、岩井俊二の視点で映画として残した。

二人の女性に共通なのは、クリエイターのミューズだったこと。 そして、死があること。時として偉大な芸術家(創造者)の隣には、 女神のような女性がいる。 不思議なことだが、彼女たちはクリエイターに見初められ、かなりの影響力を 及ぼす。まるで、二人で1つのような合わせ鏡のような存在になっていくのである。

才能とは、相手の何もかもを吸収し具現化することである。そして人は、 その才能に魅了され虜になってしまう。そんな瞬間を見た気がしている。 否、これから見ようとしているのかもしれない。

ミューズは、底知れない魔力によって才能溢れるクリエイターと出会ったのかも しれないが、それは偶然ではなく必然だったのではないか。なぜならイヴが、 アダムのあばら骨から作られたというお話があるように、二人は最初から1つの 体だったのだ。なんてことが信じられてしまうくらいのカップルがこの世に存在する。 それが、市川崑と和田夏十夫妻の関係。それがこの映画の物語。 そーいえば、市川崑監督は野上弥生子原作の「真知子」を映画化して(作品名「花ひらく」)デビューしたそうだが、この原作が面白いとススメたのは、 夏十さんだったそうである。私も高校生の時「真知子」読んで、野上弥生子って 凄い作家だなぁーと思った記憶があり、夏十さんがオススメした気持ちわかるなーと映画見ながらシンクロしたのだが、よく考えると、私っていつの時代の人なんだろー。昭和初期に生まれた方が良かったんじゃないか……と思う今日この頃(笑)。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (3 人)づん[*] セント[*] ぽんしゅう[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。