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[コメント] 父親たちの星条旗(2006/米)

戦場の閃光と、帰国した「英雄」に向けられた光。戦場が陰惨であればあるほど、その光景を見ぬ人々の様は、悲愴な戦場への陵辱という意味で、なおさら残酷にさえ思える。一枚の写真という、栄光と恥辱。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







兵士たちへの凌辱は、硫黄島への上陸にさえ先立って、既に為されている。艦内に流れるラジオ番組での、軽薄な明るさを振りまく女性の声が、兵士たちを待ち受ける死や、故郷を離れて在る孤独をジョークに仕立てる。兵士たちの表情はまるで葬式のように陰鬱だ。甲板では、濃い霧の中、兵士たちの影が浮かび、一人の兵士が手にするライターの火が、命の灯火のように燃える。それが消えた瞬間にカットが入る。帰国してからも、国債集めのパーティでは、あの星条旗を掲げる兵士らを模った白いケーキに、真赤なソースがかけられるというおぞましい光景が現れる。このシーンは、硫黄島の洞窟で発見された、自爆した日本兵の破壊された肉体の酸鼻な様よりも、更にグロテスクに感じられた。

物語の主人公である三人は、硫黄島では暴力と破壊に晒され、アメリカ本土では、戦場の悲惨への冒瀆に晒される。全篇に渡り、大半のシーンで、銃火と閃光弾の光か、カメラのフラッシュや、花火の光が放たれている印象がある。一枚の写真をめぐる物語であるこの映画の演出のポイントになるのは、その「光」にある。

三人の中でも、「インディアン」であるアイラは、よりいっそう微妙な立場に置かれている。そのことは、やはり「光」の演出にも表れている。三人が上等な列車に乗せられて移動するシーンでは、酒に酔って気分が悪くなったアイラは連結部に出て嘔吐した後、戦死した友を思って嘆き、泣く。この、衆目を逃れて本音をさらけ出す場にあってさえ、隣の線路を横切る他の列車の窓から漏れる灯りが、彼に向けてフラッシュのように放たれるのだ。また、アイラがホテルの窓越しに、雨の降る外を眺めるシーンでは、彼の沈んだ顔が稲光に照らされ、それが閃光弾を捉えたカットに繋がることでシーン転換が為される。

「英雄」を讃えるフラッシュを浴びる立場からもどこか疎外されているアイラの孤独。彼は、政治家から自分の部族の言葉で話しかけられても、彼自身はその言葉を覚えておらず、「英雄」に祭り上げられたせいで、原住民の同胞たちの中でもどこか浮いた存在になっている。アイラは、張りぼての山に登って旗を掲げるデモンストレーションの際にも泥酔しており、イベント後にまた嘔吐するのだが、これは酒に酔ってというより、自分の置かれた状況そのものへの嘔吐といった観がある。

あの写真が撮られた後もなお、戦闘は続いていたという事実。瞬間を切り取ることで、イメージだけが一人歩きする映像という媒体の功罪。ラストシーンでの、硫黄島と同じ灰色をした軍服を脱ぎ捨てた兵士たちが、無邪気に海水浴を楽しむ光景は、だが、カメラが視線を上げていったその先に、夥しい戦艦が海上に浮かんでいるのを捉えた時、戦争がいまだ続いていることを想起させる。この映画は、硫黄島での戦闘の終結を見せてはおらず、延々と続く戦闘と、そこから本土へ引き戻され、宣伝用の「英雄」にされる三人の姿、そして、その過去を振り返る、老いたジョンとレイニーの様子だけが描かれている。「英雄」に仕立て上げられたせいで、二人の中で戦争は、屈折した形で続いていたようでもある。

日本兵は、アメリカ兵に向けられる銃口と一体となった「敵」の視線として、或いは、現れた次の瞬間には死体と化す肉体、酸鼻な姿に崩壊した死体として現れる、甚だ人格を欠いた存在として描かれてはいる。だが、アメリカ兵が味方による誤射で死傷者を出すシーンでは、撃つ側も撃たれる側も同じ人間であることが感じられる。「英雄」たちも一個の人間以上でも以下でもなかったことを描いたこの作品に続いて、日本兵もまた人間であったことを描いた『硫黄島からの手紙』は、イーストウッドが自らの姿勢を一貫させる上で必然だったのだろう。

「英雄」の三人の内面がそれほど掘り下げられていないのは、夥しい数の兵士たちの中で、たまたまあの三人が写真に収まったに過ぎないのだという距離感を保った結果なのかもしれない。比較的、葛藤が描かれていたアイラも、影の中に倒れた死体となって発見されるという、世間が彼をそうした通りの、忘れられた存在として退場する。それ以前に、かつての戦友にさえも、ヒッチハイクですれ違ったにも関わらず「仕事で急いでいたから」と無視されるのだ。

(評価:★4)

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