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[コメント] 秋日和(1960/日)

ほとんど完璧な映画。少なくも、徹底的に意識して完璧が目指され、具現化されているのではないか。例えば完璧なアクション繋ぎ。
ゑぎ

 屋内の人物(多くは複数人物)の動作を、カットを割りながら継続した時間の流れで滑らかに画面化する最高度の演出がこゝに存在している。しかもそれが、楽しくて楽しくて仕方がない様相で表れている。

 本作も書き留めたくなる細部に溢れかえっており、そういう意味合いでも空前の面白さだと私には感じられるが、長文になり過ぎるので、私なりに特記すべきと思う事柄に絞って書く。第一に画面の相似形状やシンクロの面白さについて。まずは冒頭の法事の日のシーケンス、東京タワーの中間部を映したショットに始まり、お寺の本堂を挟んで(ツクツクボウシの鳴き声が聞こえる)、中村伸郎北竜二の座位のツーショットが繋がれるが、こういう2人の人物を横、あるいは少し前後にずらして収めた相似形シルエットの構図が頻出する。原節子司葉子の登場ショットも2人のツーショットだ。

 こういう構図は全編無数に現れるが、さらに、ショット内で所作までシンクロさせる場面がある。顕著なのが、司と同僚の岡田茉莉子が会社の屋上に並んで手すりから友達の乗る電車に手を振る場面(こゝは『青春の夢いまいづこ』のラストシーンの焼き直しでもある)。あと、中村と佐分利信が、いずれも原から貰ったパイプを顔(というか鼻の横)に当てるツーショット。そして、終盤の伊香保温泉の朝の場面で出て来る、まるでアリの巣の断面のような、旅館の上下の階で箒がけする2人の女中を収めたショットなど。

 他にも、シーン間のシンクロというのも多々ある。序盤で云えば、お寺の中の空ショットで廊下の奥の壁などに、池の水であろう、ゆらゆらと揺れる影が反映しているのだが、時空を超えて、夕方の料亭(高橋とよが女将の店)の場面でも、同じように店の和室に川の水の影が映っているといった部分が指摘できる。

 もっと云えば、上でも書いたようにお寺の導入部分で東京タワーを先に見せておいて、この寺が、芝あたりにあると思わせるのと、料亭のシーンへ繋ぐ前に、隅田川らしき風情の橋(清州橋とのこと)のショットを挿入して、料亭の立地を想像させるという編集の手順も同様の感覚だ。こんな繋ぎはごく普通じゃないかと思われるかも知れないが、完璧に決まっていると感じるのだ。あるいは、伊香保のシーンの次に、榛名湖の場面が繋がれるが、原と司の2人が、茹で小豆を食べる店の窓から、湖と榛名山が見えるショットも、清州橋の挿入を思い出させ、その上で、ラスト近くに再度、清州橋のショットが繋がれる。

 また、屋内の色遣いについて、佐分利の会社も、司と岡田の勤める会社も、さらに、原と司の自宅アパートの部屋においても、いずれも薄い緑というかエメラルド色とでも云うべき色調が基調になっており、絶妙にカーテンの柄や小物などで赤色が点景として取り入れられている。これらの色の配置も全て、小津が完璧を期してコントロールしたものだろう。

 あと、プロット構成について少しだけ触れておくと、多くの人が助平トリオのふざけた(特に今見ると不快に感じる人もいるだろう)悪だくみと、岡田の活躍に言及したくなるのは当然だと思うけれど、加えて云うと、岡田や司と同世代の子供たち、中村の娘−田代百合子、佐分利の娘−桑野みゆき、北の息子−三上真一郎らの鮮やかなワンポイト投入によっても、巧みにプロットにメリハリを効かせると共に親世代に対する観客の感情を操作しているだろう。こういった部分でも際立って豊かな演出だと感じる。『晩春』と豊かさの質は異なるが、甲乙つけがたい。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・原の義兄で司の伯父さんは、伊香保で旅館をやっている笠智衆

・原の亡き夫のかつての部下で須賀不二男

・佐分利の妻は沢村貞子、中村の妻は三宅邦子。沢村と三宅の役割も面白い。

・佐分利の部下で佐田啓二。その友人の渡辺文雄は、司と岡田の会社の経理。

・佐分利の会社の受付係は岩下志麻。4〜5回出て来るが、科白はほとんど無し。

・原は服飾学校でフランス刺繍を教えている。校長夫婦は十朱久雄南美江

・司、岡田、渡辺らが行くハイキングの場面だけの出番で千之赫子

・岡田の家は場末の寿司屋。父親は竹田法一。義母(父の後添え)は桜むつ子

・寿司屋の常連客で菅原通済。「蛤は初手か...あと赤貝たのむよ」

(評価:★5)

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