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[コメント] DEMONLOVER(2002/仏)

説明する気がないのか下手なのか、画面展開に説得力があるとは到底思えないが、しかし、気がつくときにはすでに『ロスト・ハイウェイ』な暗闇へ。正体を隠匿し情報を探る者がやがてモニターの向こうの名前を奪われた存在になる情報社会の寓話。(2011.10.15)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 航行中の飛行機内から始まる映画だが、自宅と会社にしろ、出張と帰国にしろ、移動の感覚、あるいは時間と場所をめぐる感覚が一貫して希薄なのはおもしろい。 終盤になるにつれ、物語の時間がいよいよ曖昧になり、はっきりと混乱を誘う唐突な移動が行われるけれど、序盤からその予感は与えられていたのだともいえる。

 エリース(クロエ・セヴィニー)が、自分たちは「デーモンラヴァー」の人間だと明かすとき、みな名前も経歴も偽造なのだという。自分が周囲に対して正体を偽っていたはずのディアーヌ(コニー・ニールセン)は自分こそが周囲に欺かれ支配されている側だったという事実を次々に突きつけられることになる。この名前も経歴もない人間たちというのは、どこかインターネットの匿名性を思わせるところがある。すると、「デーモンラヴァー」とは、インターネットの生み出す闇そのものと受け取ってもいいのかもしれない。

 「違法ポルノ」という題材を通じて、この作品が試みているのは、そのようなものに対する直接の糾弾であるよりは、むしろ「ポルノ」という生身の人間を材料にした後ろ暗い商品から透けて見える、グローバルな生産と消費の拡大と加速化という事態、さらにはインターネットを通じてそれがより瞬時的かつ匿名的になされるようになりつつあるという事態に対する洞察であるように思われる。どこで誰によって生産されたものを、どこで誰が消費しているのか、生産の現場と消費の現場とが完全に切り離される時代(モニターの中とモニターの外という超えることのできない壁に隔てられた、一方向的な「リアルタイム」体験)。自分の手元にそれが届くまでの経緯や背景を問うことなく、つまり、どこかにいるかもしれない犠牲者の存在を気にすることすらなく、瞬時的あるいは没場所的にモノや情報を消費する時代。この映画はそれに対して批判的な眼差しを向けているのではないだろうか。

 東京の料亭での接待場面で、ディアーヌが、日本のアニメーション会社側に対して、ポルノ・アニメーションが実在の少女をモデルに使用している心配はないか、と問いただす場面が登場するが、実在の人間がモニターを通すことで、いわば「どこにもいない」存在として、架空のキャラクターと変わらなくなってしまうのがこの映画の描く世界だ。ラストで「デーモンラヴァー」サイトにアクセスした少年は、拘束されているディアーヌの映像を見て、「『X-メン』のストーム」という設定のリクエストを送る。皮肉なことに、彼女自身が生身の肉体を持ったままコミック・キャラクターに変えられてしまうのである。ここで「モデル」になるのは、キャラクターのほうであり、生身の人間がそちらに合わせることを強制される。

 ディアーヌとエリースのあいだの支配関係の変化が、フランス語から英語へというオフィスでの使用言語に現れるのは、ごく古典的手法ともいえるが、練られていておもしろい。口論になると、それまでディアーヌにあわせてフランス語で喋っていたエリースが英語でまくしたてる、といった序盤の描写のあとに、この寡黙に交される英語の会話が訪れるので、力関係の劇的な逆転が静かに暗示される。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)赤い戦車[*]

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