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[コメント] アメリカン・ユートピア(2020/米)

生真面目なデヴィッド・バーンの経験の歌。絶賛する友人に何が良かったのか尋ねるとまず曲間のコメントがいいのだと云われ、なんだそれはと思ったが本当にそうだった。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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バンドは全員が起立しており、ダンスし行進し最後は観客席を練り歩くスタイル。ドラムセットはバスドラやスネアに解体され、個別に叩かれ、その他さまざまな叩きものが登場する。20世紀初頭にジャズとともに誕生したドラムセットは、ついに解体されて21世紀仕様。歩行の自由が強調され、舞台演出は目まぐるしいほど豊富になった(このスタイルはPJハーヴェイも採用していた。こんなに踊りはしなかったが。誰が始めたのだろう)。そしてその演奏はデヴィッド・バーンその人が有名にしたポリリズムの全面展開。ここまで音が繊細だと、映画はどの劇場で鑑賞するかのセレクトが重要になってくるだろう。

ナンセンス詞はナチへの抵抗だったのだというフーゴ・バルの言葉が引用され、彼の作詞だとI Zimbaが唄われる。このコメントがいまのバーンの立ち位置を端的に表していた。発表当時はナンセンス詞採用のセンスが抜群というだけの感想で、『トゥルー・ストーリー』もセンスのいい皮肉に徹していた。当時の彼からナチへの抵抗みたいな生真面目な科白は出てこようがなかった。時代は変わったし彼も変わった。彼は迎合したのではなく成熟したのだと思う。

お家に帰ろう、というシニカルな唄が多い。Don’t Worry About Government、There Must Be a Place、Glass, Concrete & Stoneも♪ただの建物、家じゃないと唄われる。Everybody Coming My Houseを高校合唱部に歌ってもらったら温かな歌になったと笑っている。こんなところにも自分を変えようとしている意志が見られた。Born Under Punchesも皮肉な唄だが、メロウに奏でられて 悲哀が感じられた。この曲をシンミリ聴くとは思わなかった。

そしてさらに生真面目なことに、大統領選の投票を呼び掛けている。有権者登録の活動をしているとバーンは語り、映画の最後にも登録呼びかけがある。地方選の投票率は20%しかないと客席へのライトで可視化される。なんだアメリカでも低いものだと知らされる。

懐かしい楽曲が小気味よく並ぶ構成に、ファン以外には伝わらない映画なのか、という懸念はTalmboutの力のあるカバーで消し飛んでしまう。知らない唄だがとても良かった。だから、本作の演奏は全曲とも誰もの心に届く力があったと思う。バーンはウィメンズマーチで聴いてカバーしてもいいかと尋ねたら作者のモネイはこう云って快諾した、これは黒人ではなくて全人類に向けた歌だからと。エリック・ガーナーからフロイトまで遺族が掲げた遺影が映されるスパイク・リーらしい演出だった。バーンは過去曲の演出(ミンストレル・ショー)で黒人差別を指摘されていた。自分も更新しないといけない、というバーンの謝罪が真摯だった。過去の差別コントが指摘されるのを恐れて東京オリンピックの舞台演出降りちゃった某氏は、見習ってほしいと思う。

冒頭で脳を持ったバーンは脳の部位の説明を始める。大人より赤ん坊のほうが脳のシナプスの繋がりは多いのだ。最後にこのエピソードが反復される。脳は変化し得る。脳は他者と出会って変化する。大切なのは他者と出会うことだ。One Fine Dayが唄われる。♪全てが変わることもある、ある晴れた日に。

ラストはRoad to Nowhereが唐突にアカペラで始まって、ああ、『ストップ・メイキング・センス』では聴いていない、あの頃はこの名曲は未発表だったのだと思った。不思議と演奏されなかった代表作(Psycho Killerほか)が多いのも、いまの彼の立ち位置から来るセレクトなのだろう。狭い劇場、観客の反応が暖かくて気持ちいい。最後の自転車の爆走は意味なく愉しかった。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)プロキオン14[*] おーい粗茶[*]

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