コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ヒア アフター(2010/米)

欧州キャストが失敗している。『ミュンヘン』のスピルバーグや『イングロリアス・バスターズ』のタランティーノほどのヨーロッパへの執着がイーストウッドにはないにしても。
shiono

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







男女の体温を感じるベッドルームから始まるオーシャンリゾートの環境描写がよい。セシル・ドゥ・フランスの散歩からは東南アジアのエスニックな香りが漂ってくる。畳み掛けるような大津波のビジュアル、海水に飲み込まれるヒロインの主観によるカメラワークに手に汗握る。

スペクタキュラーな画は彼女が蘇生するまで続くが、その後に拍子抜けするほどベタな造形が出てくる。瓦礫の中で彷徨う男女が巡り会い抱き合うって。後の、パリの凱旋門の空撮、オフィスの窓の外に大きく鎮座するエッフェル塔、その下にはヒロインの巨大広告というのも野暮ったい。

その反面、料理教室のエピソードはとても面白い。カジュアルな中にも品があるイタリア料理のコース、その実、参加者の全員が異性の出会いを求めていて、シェフもそれをわきまえているというユーモア。遅刻で登場するブライス・ダラス・ハワードの、適度にセクシャルで頭脳の偏差値が低く、それでいて内面に何かを持っている人物造形は魅力的だ。アイマスクでの芝居は技術的にも高度だが、役者の挑戦意欲を引き出すイーストウッド流の演出が施され、本作の白眉となっている。

その後、デイモンとハワードは彼のアパートに行くわけだが、ここでデイモンの霊視能力の何たるかが描かれている。どうも彼は、好きな女性に対して意識を向けているときには、手が触れただけで相手の過去の記憶(トラウマ)が入ってきてしまうらしい。

デイモンは兄に、この能力は呪いだ、と言っている。その意味するところは、自分を見てくれといって他人がひっきりなしに訪れ、その度に彼らの心の痛みを自分も受けてしまうということがひとつ。もうひとつは、彼自身が恋愛できない、好きな女の子の手も握れない(だから童貞っぽい)、デイモンからしたらこちらのほうがより深刻だろう。

イーストウッド演出が風変わりなのは、こうした主人公の恋愛要素をことさら強調していないところである。なぜデイモンとセシル・ドゥ・フランスが巡り会い、この二人の恋愛が成立するのかという理屈が掴みにくい。そこをイーストウッドは、音楽を奏でるような抽象的な語り口でもって、理屈ではなく感情で伝えようとしている。それはうまくいっていると思う。

加えて、自分の言葉を伝えてくれた霊がデイモンに感謝して、運命の女性に引き合わせてくれた、という陳腐な話にはせずに、デイモンとドゥ・フランスを仲介するのが、双子の生き残ったほう、という生者のエピソードにしているところもいい。

ではどこが気に入らないかというと、セシル・ドゥ・フランスに魅力がない、この一言に尽きる。どこがよくてこの人をキャストしたのかなぁ。せいぜい脇役の格だろう。子役のフランキー・マクラレンとジョージ・マクラレンも物足りない。イーストウッドは子役の演出は苦手なのだろうか。

物語上の重きを置いているほどには、これらパリとロンドンのキャストに役者としての魅力、演技上の見せ場がない、というのが、芝居重視のイーストウッド映画にしては、大いに不満を感じるところだった。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)緑雨[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。