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[コメント] カンバセーション…盗聴…(1974/米)

この映画にとって「盗聴」は、題材というよりは素材であって、描かれているのは、他人に心を開く事は出来ないけれど、他人の心を覗きたいという、都会人の自閉的な病。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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最後、自分がどのように盗聴されていたのか分からずに、自室の壁から床から何まで破壊し尽くしてしまう様は、プライバシーを守ろうとする防衛本能が暴走して、自己免疫疾患的な有り様を呈しているように見え、いかにも現代病的な絵に仕上がっているな、と。独りサックスを吹き続ける主人公は、絶望に沈んでいるのか、或る諦観に達したのか、その辺が曖昧なのがまた、印象的。

部屋を破壊していく彼が、疑惑の目を一度は向けつつも敢えて見逃したマリア像を、結局は疑念に苛まれて破壊してしまう場面は、象徴的。と言うのもこの映画では、主人公にとって「女」は、秘密主義者で心を他人に開けない彼が、それでも何とか縋りつこうとする、安らぎの場として描かれているように思えるからだ。

そもそも、彼が事件に首を突っ込む事になったのも、自らの盗聴のターゲットである、愛を囁き交わしていた若い男女が、命の危険に晒されていると思ったから。そして、その録音テープを依頼人に渡しかねていた彼は、自分に接近してきた女に身を預けたせいで、テープを奪われてしまう。また、その直前、女に「男が自分の事を隠していて、愛の証しも与えられないとしても、君は彼を見捨てないか?」と、過去の恋人との破局で受けた傷を覗わせる言葉を発している。それを、その場に居た同業者に遊びで盗聴・録音されていたのを知った彼の、蒼白な顔。

この同業者は、主人公にしつこく「例のあの事件の盗聴は、どうやってやったんだ?トリックを教えてくれ」と何度も迫る。秘密主義者の主人公は口を噤んだままでいるが、この、自分に向けられた「どうやって盗聴した?」という疑惑が、最後には、彼自身を蝕み、自分のプライベートな空間を守り、外界から隔てる境界である床や壁を、自ら破壊する行為へと導かれてしまう。

主人公は、過去に自分の盗聴のせいで殺人が起こったトラウマのせいで、今回の盗聴の対象者である恋人たちが、殺人のターゲットにされていると思い込んでしまうが、身を脅かされる、か弱い存在と思っていた彼らが、実は殺人者の側であったという逆転劇。この逆転が、盗聴する側からされる側への転落と軌を一にしているのが、脚本の妙。

盗聴者である主人公が、音楽に安らぎを見出すという点は、ひょっとしたら『善き人のためのソナタ』にも影響を与えていたのかも知れない。言葉は嘘をつく事があったり、どう理解すべきか不安を生む事があるとしても、音楽は、ただ聞こえてくる音色に身を任せていれば、そこで感じるものこそが、自分にとっての答えとなる。特にこの作品では、都会の孤独とジャズという、定番のような組み合わせが、抜群の効果をあげている。

因みにこの映画、NHKの衛星放送で観たんですが、デジタル放送の番組データがネタバレになっていた…。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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