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[コメント] フローズン・タイム(2006/英)

時間の静止というアイデアが充分に活かされたとは言い難く、あらぬ方向に面白さを追い求めた観はあるが、冒頭の映像から分かるように、時間の静止は、主人公ベンと世界との断絶なのだ。詩的な邦題も悪くないが、原題の意味にも思いを馳せたい。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







怒り狂って何かを叫び続ける恋人の姿がスローモーションで映し出され、だがその言葉は聞こえず悠長な音楽が流れている、映画冒頭の場面。時間が止まる、という事で表わされる、世界との断絶は、恋人との断絶という出来事とイコールで描かれる。

恋人との別れに打ちのめされて不眠になった時間を、スーパーでの仕事に売ったベンは、それを「キャッシュバックだ」と言う。店長との面接の場面から、ベンの時間感覚の歪み、世界との断絶が可視化する。仕事場の仲間達とも馴染んでいくように見えるが、彼らとのフットボール試合の途中で時間が止まり、一人その場を離れるベンの姿からは、やはり孤独感が拭えない。

止まった時間の中、孤独にただ女達の美しさを眺めている事しか出来ないベン。彼女らを勝手に裸に剥くのは犯罪的だが、彼のバイト仲間である他の男達ならもっと犯罪的になりかねない所を、ベンは、ただ憧れの対象として見つめ、描く事しかしない。実際に経験してみると分かるけれど、女性の裸体を、寸法だとか陰影だとかを注視して描いていると、性的な関心は自ずと後退してしまうもの。

ベンは、どんな女性の裸体も目にする事が出来る中で、最も身近な同僚・シャロンの隠れた美しさを見つけ出し、一心に描き続ける。ベンと同様に、時間の長さに倦んでいたような疲れた顔のシャロンの、隠れた美。「画家って、美を見つけ出してそれを人に見せる事が出来るんだから、素敵」と讃えていた言葉通りだ。彼が止まった時間を戻す方法も、絵を描き終えた後に誰もがよくするであろう、指鳴らし。時間の静止は、絵を描く=美の発見の為にある。

氷りついた時間の中、恋人に、宙に静止した無数の雪を見せるというエンディングに因んだと思しきこの邦題も悪くないが、原題の、一見すると詩的でも何でもない「Cashback」という言葉の意味も噛みしめたい。止まった時間の中で何百枚と描かれていったシャロンの姿。それは、ベンの想いの蓄積そのものだ。つまり彼は、失った時間を、バイト代に換える以上に、デッサンに換えていたのだ。そうして蓄積されていたデッサンが、「画廊で個展を開く」という夢、シャロンに想いを伝えるという形で「キャッシュバック」されるのだ。

この映画はもともと短篇として作られたものを長篇化したようだが、その分、中身を水増ししたような隙が見られるのが残念。元の短篇の方も、機会があれば観てみたい所。

(評価:★3)

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