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[コメント] 容疑者 室井慎次(2005/日)

学園祭的なお祭感と、お子様ランチ的なカラフルさの『交渉人 真下正義』とは対照的な、大人風味。色に喩えるならブラウン。地味。だが、僕の好きな『踊る』のエッセンスは、むしろこちら。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







交渉人 真下正義』のレビューにも書いた事だが、あちらの「皆で一緒になって犯人逮捕!」には、どうもお遊び感や馴れ合い的雰囲気が見え、子供っぽくて甘々で、ついていけない。大仰だが中身が空虚な演出にも辟易したし。

その印象が尾を引いた状態で鑑賞した、この『容疑者 室井慎次』、そのせいで殆ど期待せずに観たのだが、意外に秀作。『踊る』らしいケレンミも、新宿北署の刑事たちのヤンキー的雰囲気や、灰島弁護士の、嗜虐趣味な子供といったキャラ付け(普段、人の目を見ずに残虐ゲームに熱中している)などに表れており、遊び心もちゃんとある。尤も、スリーアミーゴスは雰囲気ぶち壊しで、むしろ『交渉人 真下正義』に出ていなさい、と言いたい。笑いを堪えているかのようなギバちゃんの表情は面白かったけど。

影の中から一瞬、顔を見せるだけ、という大杉漣の使い方は、思わせぶりにしておきながらそれっきりだという点で、勿体無いようでもあるが、影で活動する公安の不気味さを強調する意味では、あれもアリかも知れない。だが、もう少し具体的に、公安が何をどうしたのか見せてくれても良かったのではないか。警視庁と警察庁の対立も、物語の枠組みとしてしか表れず、そうした、現場の人間からすれば雲の上の存在である上層部の権力争い全体もまた、影に隠してしまったのは、惜しい。それと対照的な、田中麗奈演じる駆け出し弁護士や、現場の刑事たちの活躍も、丹念に描かれているとは言い難い。

要は、エリートとそうでない連中の対照性でドラマを成り立たせようとしている印象なのだが、虚々実々の駆け引きも、地道な捜査も、苛烈な法廷闘争も特に無く、肝心な事は全部筧利夫真矢みきらが密かに処理している観があり、物語の中心たる室井とその弁護士の主体性が、余りにあやふやなのだ。物語の軸を、どれか一つに収束させた方が良かったのではないか。三方に拡散したせいで、どれもが薄味になっている。

先に、「僕の好きな『踊る』のエッセンスは、むしろこちら」と書いた言葉に偽りは無いのだけど、『踊る』シリーズでの、権力側の人間たちは、人間というよりは、巨大な壁か何かのような、一種、‘舞台装置’としてしか描かれていない嫌いがある。この映画の、抑制された重厚感は素晴らしいのだが、それが‘雰囲気’に終始してしまっているのが、残念な所。これ以上行けば、『踊る』のテーマパーク的エンターテインメント的な作品世界を踏み越えてしまうのかも知れないが、むしろ、踏み越えてくれないか。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)透明ランナー ぽんしゅう[*]

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