[コメント] 四十二番街(1933/米)
バクスターは、大恐慌で金を失くし、病魔にも蝕まれて最後の大舞台に賭ける、というセットアップが行われるのだが、実はこの部分は深掘りされないで表面的な描写で終わってしまう。あるいは、スター女優のビービー・ダニエルスとヒモのような男−ジョージ・ブレント、及び、スター女優に入れあげているスポンサー(金づる)−ガイ・キビーの関係なんかも薄っぺらい描き方だ。本作のキビーはコメディパートとしても中途半端なのだ(ただし、キビーは今見るとドナルド・トランプみたいな喋り方で、爪あとは残す)。
勿論、これら主軸の(はずの)プロット展開なんかは刺身のツマみたいなもので、本作の名作たる所以は、終盤のショー本番のシーケンスにおける画面造型の見事さにあるのだが、もう少し付け足すと、当時まだまだネームバリューの無い新人俳優だった(劇中の役柄ともシンクロする)ルビー・キーラーとディック・パウエルの恋愛譚、及びキーラーのスター誕生プロットが、終盤のショーに向けて、とても上手く収束していく構成であるということが云えるだろう。加えて、ウナ・マーケルとジンジャー・ロジャースのサポート、とりわけ、右目にずっと片メガネをかけて、狆みたいな犬を抱いているロジャースのキャラ造型も重要だろう(終盤でロジャースがいいところを見せるのは、本作の後の彼女のスター街道を約束するもののようにも思えるのだ)。
さて、ショー関連のシーンはリハーサルから本番まで瞠目するショット・演出に溢れているが、女性たちに、スカートの裾を上げ脚を見せることを強いるオーディションシーンから始まって、脚フェチ演出が随所にあることは指摘しておきたい。オーディションが終わって、合格者がまだ一人足りないという場面では、ベンチに寝ている脚が映り、それがキーラーのものだと分かる。あるいは、ラストのショー本番シーケンスの最初の場面で、汽車が半分に割れる装置が登場するのには驚くが、このシーンが女性客たちのハイヒールで閉じられるという趣向であること。続くパウエルとトビー・ウィングとのパートは、バークレイらしい真俯瞰による幾何学模様(というかシンメトリー)の画面造型が見られる部分だが、こゝもコーラスガールたちの脚(股)の間をくぐるカメラで閉じられる。そして、エンディングのナンバー「42nd Street」のシーンでも、唄い踊るキーラーをフル、ウエスト、ニーショットに加え、脚だけのショットも繋ぐのだ。もっとも、彼女の歌唱、タップダンスとも、私はイマイチ格好よくないと思ってしまったが。
あと、本番ではなくリハーサル場面だが、ビービー・ダニエルスが4人の男性ダンサーたちと絡む「Youre Getting to Be a Habit with Me」のシーンが(この曲がスタンダードナンバーになっているということもあるかも知れないが)、肩の力の抜けた、楽しいミュージカルシーンになっていることも明記しておきたい。
#備忘でその他の配役等を記述。
・ショーの製作者(経営者)、ジョーンズ&バリーはロバート・マクウェードとネッド・スパークスだが、スパークスが断然目立っている。
・演出助手でマーケルの彼氏でもあるアンディはジョージ・E・ストーン。もう一人、スタフではマック−アレン・ジェンキンスも目立つ。
・キーラーにキスしようとするダンサーのテリーはエドワード・ヌージェント。
・キーラーが過労で倒れる場面の後景に、サイレント期のスター、ヘンリー・B・ウォルソールがいる。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。