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[コメント] 生きる LIVING(2022/英=日)

クレジットバックは1950年代の記録フィルムか。当時の映画みたいなクレジット。駅のホームから始まるが、列車(汽車)の活用は本作のポイントだ。
ゑぎ

 ただし、走る列車の俯瞰ショットは、ごく今日的なドローン空撮。終盤では、雪降る中を走る汽車のショット中に、カットを換えずに新緑の中を走る汽車に切り換えるという凝った繋ぎ(というかワンカットを模した演出)もある。

 また序盤から、随所で緩いスローモーションが使われる。主人公のビル・ナイらが最初に市役所に向かって歩く仰角ぎみショットなど。あるいは、スローモーションとムーディーな劇伴で場面転換をおこなう処理も何度かある。特にビッグバンド演奏の「アローン・トゥギャザー」と「イエスタデイズ」が劇伴の部分は、良いムードだ(調べると、ジャッキー・グリーソンの楽団のようだ)。たゞ、極めて今日的かつ通俗的な演出だとも思う。世界映画史上で、スローモーションを広めた犯人(?)として、黒澤の存在が大きかったことが思い出されてしまった。

 また、ビル・ナイは映画ファンだ。映画の日にホークスの『僕は戦争花嫁』を一緒に見ようと、ミス・ハリスを誘う。ケイリー・グラントが好きだったろ、と云う。良い選択ではないか。ところが、2人で映画を見る劇場内のシーンにかぶせて、「魅惑のワルツ」(「ファッシネイション」)を劇伴で流すのだ。これってどういう了見?と思ってしまう。この曲で思い出すのは、古い映画ファンなら『昼下りの情事』ではないか。よりによってワイルダーとは。さらに、老いらくの恋のイメージを喚起してしまうだろう。

 あと、撮影の良い点として、逆光の取入れがあるだろう。序盤から役所の階段の場面などで逆光が目立つし、雨の中、主だった課員を連れて、現地視察に出る場面の、逆光の中傘をさす仰角ショットで暗転する処理が顕著だと思う。他にも、葬儀が終わった後に、息子がミス・ハリスに声をかけ、窓辺で2人になって、なかなか質問を切り出さない場面が、とても良い演出だと思うが、こゝも窓からの光を上手く活用した画面造型だ。こゝのミス・ハリス−エイミー・ルー・ウッドのリアクションの演技・演出含めて、本作中もっとも良いシーンかも知れない。

 尚、海辺の町で登場する劇作家役−トム・バークは『マンク』でオーソン・ウェルズをやった人だが、この人もいい(黒澤版の伊藤雄之助の役)。また「ゴンドラの歌」は、スコットランド民謡の「ナナカマドの木」という歌に置き換えられているが、ビル・ナイの歌声が思いの外綺麗なのも黒澤版と異なる点という意味では大きい。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)緑雨[*] ひゅうちゃん

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