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[コメント] 愛する人に伝える言葉(2021/仏=ベルギー)

この映画の主人公はステージ4の膵臓癌患者バンジャマン−ブノワ・マジメルであることは間違いないのだが、彼と共に、主治医エデを演じるガブリエル・サラという素人俳優も、もう一人の主人公と云うべきだろう。
ゑぎ

 主治医エデは、それだけの比率で描かれているし、それだけの仕事をしているからだ。二人に比べれば、マジメルの母親役−ドヌーヴは、脇役だ。

 4章立て。夏秋冬春の順番でチャプタータイトルが入る。各章の最初の方で、医師のエデ(病院長でもある?)が看護師ら医療関係者を集めて対話する、研修会のような場面が描かれている。この会でも皆で合唱する場面が度々出て来るが、本作は音楽の使い方もとてもいい。入院患者にマリンバやギターで音楽を聞かせることを専門にする男性が雇われていたり、社交ダンスを見せるための男女のダンサーもいる。これらのシーンでは、画面内の楽器演奏による音楽が流れるが、純然たる劇伴(BGM)としてジャック・ルーシェのプレイバッハ(G線上のアリアなど)も上手く使われる。

 また、本作は強烈な視線の映画だという感覚を持つ。それには、主人公バンジャマンの職業が、演劇学校の先生である、という設定が大きくかかわっているだろう。生徒たちとのワークショップを見る視線。彼らの演技、彼らの感覚が引き出されるところも、緊張感のあるシーンになる。あるいは、病院の場面では、最初の診察シーンから、女医(主治医エデの助手?)ユージェニーとの視線のやりとりが強調される。彼女が特別な人物になることは、有名女優−セシル・ドゥ・フランスが演じているから、ということもあるが、視線の演出ですぐに了解できるだろう。

 後半になって、バンジャマンを慕う女子生徒が病室に訪ねて来、試験のための助言を求める場面がある。ベッドに寝ているバンジャマンを相手に課題の演技をする女子生徒。それをユージェニーも一緒に見る。こゝで窓外の地上では、バンジャマンの息子と主治医エデが会話をしている、という重層的な見せ方にも唸ったのだが、その直後(生徒が帰った後)のユージェニーとバンジャマンのシーンには、かなりの衝撃を受けた。誤解されないように、きちんと書くと、別にその行為に驚いたのではない。これ(ブノワ・マジメルとセシル・ドゥ・フランスの絡み)も、職業俳優による映画のための演技であるという意味では、劇中の生徒たちのワークショップでやろうとしていたことと同じなのだ、という複雑な思い、メタフィクショナルな、多義的な感興を突きつけられたのだ。こんなのは見る者の受け止め方次第、という事柄ではあるだろうが、私には、この監督のやろうとしていることが、大そう奥深いと感じられた、ということだ。

 さて、勿論、ドヌーヴも素晴らしく、彼女が佇んでいるだけで、歩いているだけで、画面を引き締める力があるし、マジメルが5つの言葉「私を許して、私は許す、ありがとう、さよなら、愛してる」をドヌーヴに伝えるシーンの彼女には涙を抑えきれない。最終盤で、ドヌーヴが病院内の廊下を歩く場面の演出、カメラが執拗に追いかけ、360度パンも取り入れられる長回し演出の選択は、私には、とても納得性が高い。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)jollyjoker[*]

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