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[コメント] 兄とその妹(1939/日)

かなり技巧的な演出でプロットの繰り出し方もスマート。小津の『戸田家の兄妹』(1941年)と同レベルとまで云ってしまえば云い過ぎだが、これも非常に良く出来た映画だ。また、人物造型の点で本作の特筆すべきは矢張り桑野通子の明澄さだ。タイトルに「その」という、ともすれば不要とも思える指示語が付加されている意味はこゝにある。
ゑぎ

**ネタバレ注意**
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 例えば冒頭から佐分利信の囲碁好きが語られるが、囲碁のシーンは中盤まで出ない。しかし坂本武との囲碁のシーンでは茶目っ気たっぷりに死活のシミュレーション(佐分利の読み)を表現したりして実に鮮やか。またこのシーンにクロスカッティングで佐分利の妹・桑野通子の誕生会が描かれるが、桑野がバラの棘で指を刺し、佐分利の妻・三宅邦子が血を吸い出すカットに続いて佐分利と坂本が碁盤を囲んで碁石を持つ、指の触感を意識させるカットを持ってくる。そしてその後すぐに佐分利の同僚・河村黎吉が上役とお膳を囲んで飲んでいるカットが来るという3連打のマッチカットなんてこともやってのけている。

 キャラクター造形について云うと、とりあえず衣装の趣味と堅苦しく大仰な科白を置いておくとすれば、全編に亘って最も賢い人物として描かれているのが桑野なのだ。佐分利の顛末を事前に見抜いていたのが彼女だし、箱根のピクニックのシーンで富士山を掌に乗せる、なんて演出が象徴している。クライマックスの怒涛の展開、金や肩書きよりも誇りが大事なのだ、という胸を打つ展開は桑野通子が導いていると云える。ラスト、満州に渡る兄夫婦に何の疑問もなく桑野が同道するというのは不思議な感覚も持つのだが、内地で確固たる地歩のある桑野まで大陸を志向するという部分をプロパガンダ的にとらえるのは映画を貶めることになるのだろう。「飛行機の車輪に付いた草」という可愛らしい「たとえ話」を見ても、当時としてはこれ以上無い賢明なハッピーエンディング、賢明な演出の選択だったのだと確信する。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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