[コメント] メトロポリス(2001/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
***はじめに***
「メトロポリス」を観た世間の反応は賛否両論です。僕はと言いますと、この映画の魅力に心を奪われてしまった賛成派です。それは故手塚治虫氏のキャラクターが雰囲気を損なわれずに描かれていた事と、背景が美しいレトロ調な世界観で統一されていた事が揚げられます。モノレールやダイヤル式電話でのサイバーダイブ、そしてコンピューターの操作は全てスイッチやレバーに頼っている世界、これらはまさしく当時の手塚氏の未来図だと思います。それを現在の最新３Ｄ技術と２Ｄ技術により再現してしまったのです。もうこれは圧巻の一言に尽きます。手塚治虫ファンの僕にとっては感慨深い作品になりました。ですが褒めてばかりもいられない作品でもあります。内容については台詞を極限まで減らして絵で世界観を説明しようとしています。裏を返せば心理描写が殆ど無く、不親切極まりないスカスカな内容と言う事です。故に描かれていない部分を想像力で補いながら鑑賞しないと把握しづらい作品なのです。
***主役は誰なのか？***
この作品には多人数の主役級のキャラクターが登場します。ではいったい、この中の誰が主人公なのでしょうか？一般的に考えると主役とは物語りの中心人物の事です。ですがこの作品では、その中心人物を特定するのは難しいと思います。敢えて特定するとすれば、ティマ、ケンイチ、ロックの三人です。ですが三人とも人物描写の掘り下げ方が浅くて感情移入がし辛い事は否めません。そこで主役の居ない作品と勘違いされる方もおられると思いますが、この作品ではその限りではないのです。良く観ると、どの人物も最低限の描写はされています。ですが、それは文明都市のメトロポリスにまつわる描写のみです。決して人物像には迫ってないのです。メトロポリスに起こった事件や陰謀、ロボット社会に対する恨み辛みなどが物語りの中心にあり、キャラクターはその一部としてしか機能していないのです。そして、そのキャラクターにより観客はメトロポリスとはどんな都市かを知る事になるのです。これを踏まえて考えると、主役は”メトロポリスと言う都市そのもの”と言えるのではないでしょうか。そう言った意味を踏まえて、あえて製作者は主役級のキャラクターの感情を掘り下げようとはせずに、大勢の人物を文明都市に散りばめて出したのだと思います。そして２時間弱と言う上映時間の制約もあったのでしょう。その上映時間内に人物と都市の両方を描写するのは難しい事なので、人物よりも都市を優先したのかもしれません。仮に上映時間を２０分程度追加してキャラクターの感情を掘り下げる事が出来たなら、多くの人が認めるエンターテイメント作品になり得た事でしょう。
***ジグラット建設の意義は？***
巨大都市国家メトロポリスには大統領が存在しています。それはメトロポリスが共和制を布く民主政治によって成りたっている事を意味しています。レッド公が政界に進出して次期大統領になるには、君主制みたいに暴君的な力では政治の頂点に立つ事は出来ません。したがってレッド公が政治の頂点に立つにはブーン大統領を失脚させて、尚且つ自らも民衆からの支持を得なければならないのです。ですがこの時代は平和な世界ではないので、国を掌握するには民衆の支持と共に軍事的な力も必要になってきます。平和な時代ではない事は冒頭のモブシーンでの会話「敵国では新兵器の開発に着手したそうですな」により想像し得ます。そこでレッド公は密かに新兵器を開発しようとします。それがジグラットの最上階に在るオモテニウム発生装置なのです。このオモテニウム発生装置完成の意義は他国に脅威を与えるのはもちろん、自国の軍隊を掌握できるか否かにも関わってきます。もちろん結果的に自国の軍隊を掌握できた訳ですから、おおいに意義があったと思われます。これは軍部を仕切っている国務大臣のスカンクが、ブーン大統領とレッド公を天秤にかけた結果、軍事力のあるレッド公を選んだと言う事で納得がいくでしょう。元々民衆からの支持は得られていたレッド公です。ジグラット建設により、裏で着々とブーン大統領失脚計画を整えていたのです。
***オモテニウム発生装置を使った自作自演の事件***
オモテニウム発生装置は、太陽の黒点を異常発生させて異常な電磁波を地球に降らせる事により通信障害を発生させてロボットの電子頭脳を破壊するコントロール装置。そしてティマはそのコントロールセンターとして造られたロボットです。そしてレベル３での照射実験が行なわれました。その結果、メトロポリス内の一部のロボットを狂わす事に成功します。その後、狂ったロボットをレッド公自らが操るマルドゥク党が破壊し一掃するのですが、これは、まさしくレッド公の自作自演の事件と言えるのではないでしょうか？では何故レッド公は自作自演までして、ロボットを狂わせ破壊したのでしょうか？ひとつ目の意義は、オモテニウム発生装置の起動試験と、狂ったロボットをマルドゥク党が一掃する事により得られる市民からの信頼。ふたつ目の意義は、市民にロボットを憎むように煽動する事により高まるロボット法の改正の機運。(*1）これはロボットで街を形成しているブーン大統領の国政にとっては痛手であり、政権を奪取する為の大義名分にもなります。それが結果的に大統領によるレッド公逮捕命令に繋がる訳です。その際にスカンクの策略で地下市民革命を決起させればブーン大統領暗殺計画が成立します。なぜ成立するかと言いますと、ブーン大統領は革命軍によって暗殺されたのだと一般市民に思わせる為です。一般的に”革命とは現政党を倒す事”だと考えられているので成し得る策略なのです。
（*1）ロボット法改正の機運 ＞作中のランプの台詞「マルドゥク党が「人間の復権」を唱え「ロボット法」改正を宣言し、市民を煽っている」より。
***アトラスの革命***
アトラスはロボットにより失業した地下住民を救う革命を起こそうとしています。革命とは現政府を倒して新たな党を創り国政を掌るのが一般的なのですが、アトラスは現政府のブーン大統領ではなくてレッド公に対して革命を起こそうとしています。それは何故でしょうか？アトラスは実際に政界を動かしている人物をレッド公だと見抜いていたのかもしれません。それとレッド公が地上の民衆から支持されているのも理由のひとつにあげられます。そして地上の人々の為にロボット達を管理しているマルドゥク党の事も、当然倒さなければならない存在だと思ったはずです。そして、いよいよクーデター決行の日、アトラスは正規軍の後ろ盾による勝算を目論見ましたが、その正規軍は敵のレッド公に寝返ってしまいます。それがスカンク国務大臣の陰謀だとわかった時には後の祭り、クーデターは失敗に終わります。
***ブーン大統領の策略***
ブーン大統領とランプの策略は何だったのでしょうか？それは有害な電磁波を地上に降らせる実験をしているレッド公と、その実験によって市民を煽っているマルドゥク党を、国家反逆罪を使って逮捕する事。ですが裏の権力を行使して一部の軍隊を動かせるレッド公に対して、残った軍隊と警察の力だけでは不安になり、革命軍のアトラスも一枚噛ませます。革命軍にロボットを破壊される事はブーン大統領にとっても痛手ですが、それよりも自分の地位を守るためにレッド公を倒す事を優先としたのです。そして仮に計画通り事が運んでレッド公を亡き者にしても、その後アトラスを殺し革命軍も壊滅させたと思われます。それはブーン大統領にとって革命軍は目の上のたんこぶ的存在だからです。大義名分は”地上市民の生活を支えるロボットを破壊した革命軍”これは充分あり得る話です。
***政権交代***
これで政界に渦巻いた黒い霧の全貌もお分かり頂けたでしょうか？結果、レッド公が率いる団体が政界を制したのです。これは大統領暗殺の後、伴俊作がノターリン総監を訪ねた際に総監が更迭されていた事で確認できるかと思います。余談になりますが、ジグラットが崩壊した後もスカンクは生き残ったはずです。歴史に忠実な男は次に何を考えているのでしょうか？
***あれは自爆スイッチ？***
クライマックスでロックが押したスイッチを自爆装置と勘違いされている方も多いと思いますが、実はそうではないのです。このスイッチはオモテニウム発生装置の停止スイッチなのです。これについては作中では一切説明がされてません。大友克洋氏が書いた脚本（大友克洋×メトロポリス：角川書店）を読まないと解らない仕様になってます。その脚本には「オモテニウム発生装置が暴走している間は停止スイッチを押すと爆発する危険性が高い」とポンコッツ博士が説明しているシーンが入っているのです。レッド公はジグラットの爆発を恐れてスイッチを押すことを躊躇してしまったのです。そこに事の次第を知らないロックが来て爆破する可能性が高いスイッチを押してしまったのです。義父を助けようとする気持ちが裏目に出た悲しい話だったのです。何故この重要な部分をカットしてしまったのでしょうか？りんたろう監督に意図を伺ってみたいものです。
***ケンイチから見たティマの素性は？***
ケンイチは人間とロボットをいっさい区別しません。それどころか分け隔てなく平等に扱います。それはフィフィやペロとの挨拶で普通に握手を求めた事からも明かです。この事を踏まえながら考えると、初めからケンイチはティマをロボットと知った上で平等に扱っていたのではないでしょうか。根拠としては、ロートン研究所の火事でケンイチはティマの光る身体を見ています。当然ケンイチにはティマが人間ではない事くらいは判るはずです。ティマを記憶喪失の人間の女の子と勘違いする設定も考えられますが、僕は前者の設定の方が好きです。
***ティマが光る理由***
ティマにはニ回ほど顔を太陽に向けて身体を光らせているシーンがあります。ティマが光る理由は何でしょうか？手塚治虫氏原作に出てくる主役のミッチィ（*2）は、黒点の放射線により生命が与えられています。ティマもミッチィと同じく太陽光から何らかのエネルギーを摂取していたのではないでしょうか。
(*2)ミッチィ＞原作でのティマ役はミッチィと言う名前で登場。
***半身人間、半身ロボットのティマ***
クライマックスで、ティマの姿が左が人間、右がロボットになります。この演出には、とても感心させられました。暴走している時は半身無骨な機械の姿を観客に見せる演出ですが、ティマの人工頭脳が暴走を停止した時、画面上では左の人間の姿を中心に映します。心が戻ったことによりティマの姿も人間に戻ったと言う事を表すには最適だと思います。しかしケンイチが救いの手を差し伸べた際、ティマは右側の手を出します。自分はロボットだと言う事を露呈しているのです。でも、そのロボットの手でもケンイチは助けようとします。ケンイチにとってはティマは人間でもロボットでもどちらでも愛しい存在なのです。でも、そのケンイチの気持ちを受け取れないまま、ティマは「わたしはだれ？」と言って落下してしまいます。このロボットと人間の狭間にいるティマを映像的に魅せた演出には脱帽ものです。僕のお気に入りのシーンのひとつです。
***その他の見所***
*雪のシーンで伴俊作がティマと出会った時の表情、「むむむ、あの手帳の女の子か？」と言う台詞が聞こえてきそうです。
*アルバート�況燭涼罎任魯侫�フィだけが左足に緑色の靴のような物を履いています。大団円のシーンで、ケンイチがアルバート�況燭離蹈椒奪箸鬟侫�フィと見分けられたのは、この左足が目印となったからです。
*ヒョウタンツギはロートン研究所の入り口の扉とフィフィが拾うゴミの中にて確認。
*鉄腕アトムの電子頭脳は胸にあります。ティマも同じ設定です。心は脳じゃなくて心臓なのですね。
*オモテニウムはウラニウムをもじった単語。原作でも同じなので故手塚治虫氏のセンスなのでしょう。
***最後に***
長文にお付き合いして頂き有難う御座いました。以上は設定で分かり辛い部分を想像で補ったものです。当然、製作者の意図とは異なっている可能性もあります。その旨ご了承下さい。
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