最初は胸の痛いシーンが続くホロコースト映画だと思っていた。

しかし感覚が麻痺してきたのか、惨殺なシーンにもすっかり見慣れ、

長すぎるシュピルマンの逃亡生活描写にもそろそろ退屈していた頃、あのドイツ兵が現われる。

私はドイツ兵が現われたことに気がつかず、

「あ〜…。缶詰の汁がこぼれちゃったよ。 　ずっと水飲んでないんでしょ？もったいない」

と意外なほどスムーズにシュピルマンに感情移入している自分に気がつく。

いつ殺されてもおかしくない状況で、それでも缶詰を持ち、ピアノの上にまで置き、

そばから離さないシュピルマンの行動にひたすら注目してしまった。

車椅子ごと老人が落下するシーンでもない。

人が丸ごと燃やされるシーンでも、ワルシャワ旧市街が廃墟になるシーンでもない。

映画鑑賞後の今、私の脳裏にもっとも焼きついたシーンは缶詰を握りしめるピアニストだ。