コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 必死剣 鳥刺し(2010/日)

「美は乱調にあり」と謂う。この場合は、美は乱そのものにこそ在る、と言えばいいだろうか。平山秀幸監督久々の新作は、純白の反物に血飛沫を飛ばし、部屋いっぱいに転がしたような光景を見せてくれる。美醜のはざまにこの映画のアンビバレントな魅力は存在している。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







主人公をめぐる風景は、冒頭から藩主側室の殺害シーンを経て、なおも美しい静寂を保っている。モノクロームとカラーの間を去来するカメラの気品は、そのまま名匠の仕事の証明と呼んでふさわしいものだ。その中で、大きなうねりをもたらすシーンはいくらも現れるものの、劇中の空気は張り詰めてはいても時に暖かくやさしい。

だが、その暖かさを伴った美は、おぞましい裏側をも持つことが次第に明らかにされてゆく。その極致が岸部一徳の陰謀が明らかにされてからの、言葉には言い尽くせぬ異常なほどにカタルシスを持たない、その代わりに痛覚を最大限刺激してくる稀有な戦闘場面である。流血の痛みに身をよじる有象無象の表情はどう言ったものか。そして豊川悦司もまた、精神と肉体を「必死状態」に追い込まれるまでの煩悶と苦痛の後に、無残な姿で殺すべき相手に「必死剣」を繰り出すのだ。この凄絶さは藤沢原作の映画どころか、時代劇史上に残る名演出と断じても間違いはあるまい。

その一方で、池脇千鶴の存在感も忘れられない。彼女の凄さは愛らしさと醜さをともに表現できるところにある。豊川を密かに愛しながらも、その心を汲み取られずに叔父に見合いを強要させられたときの、あの苛立ちの顔ははっきりと憎悪にゆがめられている。その醜いこと。それは彼女が薄っぺらな美人女優との間に確実に距離を置いている証左になる。

これらを見事にフィルムに封じ込めた平山は、間違いなく現代日本映画界の至宝である。彼を器用なだけの職人監督扱いするのは、あまりに勿体無いと言うものだ。更なる高みを彼が目指し続けることを願ってやまない。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ぱーこ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。