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[コメント] エレニの旅(2004/ギリシャ=仏=伊)

難民や戦争といった20世紀の時代背景の中で、哀しみを極限まで高めたギリシャ悲劇的作品。水が隠喩をもって効果的に使われた映像は実に素晴らしく、アンゲロプロス作品以外では味わえないものだ。期待通りの傑作!(2005.5.3.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 人生讃歌であった前作『永遠と一日』と比べると、真逆に位置するかのような悲劇。それも壮大なギリシャ悲劇である。アンゲロプロス作品の特徴であるワンシーンワンカットによって物語は静かに静かに語られるが、徐々に哀しみが蓄積されていき、終盤でその哀しみが涙のように満ち溢れる。

 “旅”や“難民”といったアンゲロプロスが追い続けるテーマがこの映画にも存在し、それを圧倒的な映像の力で語りかけるスタイルはこの監督にしかできないものだ。水没した村を映し出す全てのシーンは特に素晴らしく、“水”の浮遊感が帰り着く家のない不安定な難民の状況を象徴するように、効果的に用いられている。

 僕が一番印象に残ったのは、スピロスの葬式から始まり、村が水没するまでの一連のシークエンス。筏で水上を移動しながらスピロスの死を悼むシーンの見事さは言うまでもないが、そのシーンは冒頭を回帰させる。しかし、冒頭よりも哀しみが深まっているのが伝わり、状況の悪化が見て取れる。続いて、羊が木に吊るされている衝撃的な描写があり、家の窓が割られるシーンへ繋がる。そしてその夜には村が水害に襲われる。ついには村は水没し、ボートに乗って村を去ることになる。ここでは映像によって、その場所でエレニらが段階的に襲われている苦難が的確に表現されていた。帰る家を失った難民の姿が哀しみと共にひしひしと伝わってくるのだ。

 主人公のエレニを追っていくと、最後まで難民としての宿命を背負い、帰るべき場所が見つからない。第二次大戦やギリシャにおける内戦を経て、愛すべき男は沖縄で戦死し、双子の息子は内戦で命を落とす。この死別によって、エレニは完全に孤独と化す。ラストシーンでのエレニの叫びには思わず慟哭する。戦争という時代背景の中で、本当の意味で帰る家を失ったエレニの哀しみは計り知れない。村を水没させた“水”はどれだけ流しても足りない、エレニの涙のようだ。

 この作品はアンゲロプロスが20世紀を描く3部作の第1作。1作目にしてギリシャ悲劇的な傑作が生れた。このプロジェクトは、残りの2作も目が離せない。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)けにろん[*] chokobo[*] セント[*]

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