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[コメント] EUREKA(2000/日)

彼等のもがきを見つめる優しい視線の映画。
新人王赤星

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「一線を越えた人間はやっぱり隔離しなくちゃいけないんだろうな」

秋彦の言葉である。基本的に社会は線を引きたがる。線を引いて区別する事で世の中のシステムを上手く保とうとする。たまに一線を越えてしまった人間が現れたとしても線を引いて隔離すればいいだけなのだ。そう割り切ることで、人間の矛盾と向き合う事なく、何かの間違いで起きてしまった秩序を乱しかねない波紋を取り除く事が出来るのだ。排除する事は簡単だ。誰もが線の向こう側に成り得るなどと考えるのは苦しい。誰もが踏ん張って生きている、向こう側に行く人間は弱いのだ傲慢だ甘えだおかしいのだ自分達とは違うのだと区別する事で解決するのだ。向き合う事は苦しい作業だから。彼等を理解しようとする事は人間の闇を見つめる事だし自分の中に闇を見つけてしまいかねないから。

「人間は他人の為だけに生きる事が出来るのだろうか」

沢井は直樹梢と共存した。言葉のコミュニケートは無いが共存した。同じ闇を見つめる仲間として。沢井は幼い姉妹の再生の為に生き、共存するという事で己の存在理由を認める事が出来たのだ。それは闇を見つめる彼自身の再生へのもがきでもある。幼い少女梢は沢井に布団をかけ、秋彦の宿題を解き、沢井の前で泣いて甘えた。彼女は他者との、社会との関係を作り出したのだ。少年であり思春期であった直樹は他者との関係を拒絶し続けた。相手を拒否するという関係性さえない。そこには他者との関係は存在しない。自分と自分の中の闇があるだけである。同じ闇を抱えた大人の沢井はせめて幼い兄弟を導こうとするのである。

「人間やめろと言うのか」

暴走する直樹を最後まで見捨てず人間であリ続ける事=この世の中に必死でしがみつくという事を諦めない沢井。沢井は自分も抱えた闇に覆われてしまった多感な少年を見捨てない。多分、世の中は見捨てるだろう。「一線を越えた人間は隔離しなくちゃいけない」のだから。秋彦のセリフに沢井は怒る。決して直樹の存在を殺しはしないと。直樹と共に世界と共存する覚悟だ。沢井達が向き合い関係を持つ他者の象徴としての秋彦に対して怒るのだ。沢井は再生への旅に付き合い、共存の可能性を探る対象でもある「他者」=「世界」の象徴の秋彦の中に確かに存在する残酷な排除に対して怒る。それは同じ闇を抱える自分自身が世界と接続し続け人間として生きていく決意である。悲しく感動的である。秋彦が再び彼等の元に現れるかわからない。ただ、希望はある。

梢は最後に自分の人生に関わってきた人間の名前を呼んだ。認めた。他者を認め、自分以外の世の中を認め、自分が生きている世の中を見つめたのだ。

沢井を犯人と決め付けるが人間の矛盾を見つめる沢井の視線が痛い刑事。沢井達に戸惑い、明らかに他人行儀に気を使いつつも、優しく受け入れようとするシゲちゃん。一番身近で世話になっているが、突然の厄介物に明らかに迷惑そうで、世間体を大事にする兄夫婦。介入もせず、突き放しもせず、大人として沢井の人生を尊重する父。疑いの心を否定出来ず、それでも沢井を信じる優しい姪。世間を騒がした事件には良くも悪くも無頓着で沢井に一人の男性として接近する職場の女性。プレッシャーに耐え切れなかった直樹梢の父親と去った母親、愛情の無い親戚。論理が先走り、無粋な介入をするが、従兄弟の社会復帰に努力し、その共存相手の沢井を決して拒否しない秋彦。そして最後まで夫としての沢井を求めた国生さゆり。この映画の登場人物は沢井達が世界と関係を持つ上で避けては通れない「他者」だろう。彼等は誰も単純に悪意に満ちたキャラでも善意に満ちたキャラでもなく、沢井達が向き合っていく「世界」を構成する複雑な人間そのものであり価値観である。

自身の闇以外存在しない、他者が構成する社会の存在理由が無くなってしまった直樹。それは自分が社会を構成する一員である事の拒否。人間として生きていく最低限の基準を失ってしまう事だろう。それでも沢井は待ち続ける。

「生きろとは言わん。死なんでくれ」

世界との接続が非常に危うい彼等がそれでも必死に生きようと、世の中にしがみつこうとするもがきを見つめ、それに付き合う3時間37分。苦しみに向き合う優しい視線がとても胸に痛かった。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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