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[コメント] 狼たちの午後(1975/米)

パワーこそが本作の醍醐味とも言えます。貧乏がなすパワー、民衆のパワー、そして撮った監督と役者のパワー。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 原作は未読ながら、本作が原作に忠実な作品ではないと言う事ははっきり分かる。脚本通りにやってこの臨場感はおそらく出せないし、編集でごまかしようのない演出上のアラも多い。この作品は決してスマートな作品じゃない。主人公達も強盗にしては間が抜けているし、それを無責任に賞賛する民衆のパワーも、自分たちが安全な場所で、まるでショーを観るような気分で無責任に応援しているだけ。

 しかし、それらの欠点こそが本作に大きな説得力と、臨場感を与えているのは確か。これはパチーノに対するルメット監督の信頼感がなせる業なのでは無かろうか。その信頼感こそがこのような不思議な説得力を持った傑作を生み出すこととなった。

 勿論娯楽作として観ても充分すぎるくらいに素晴らしい作品なのだが、本作の場合は社会的な面から観ても面白い。

 先ず実際の強盗を起こすような人間は、映画に出ているような綿密な計画を立てるわけではなく、むしろ貧乏から脱出する方法として、良いところだけしか見ずに、行き当たりばったりにすることが多いという単純な事実。貧乏さが人から余裕を奪ってしまったとき、後に残されるのは刹那的な喜びでしかない。やってしまってどんなに悔やんだとしても、計画にあるのは良い面ばかりしかないのだから。

 それで実際計画を実行に移すと、前もって調べてないために色々とトラブルが起こってしまう。それでそのトラブルに対処する方法もあらかじめ決めていないので、おたおたしているうちにどうしようもなくなってしまうと言う(なんせ銀行員の口から「早く逃げれば良かったのに」とまで言われてしまうくらいだから)…このような無計画なことをやってしまう人が出てしまうのが実際の強盗。

 そしてなによりも、そんな彼らを英雄視してしまう民衆がいるという事実。丁度ヒッピー時代の真っ盛りと言うこともあり、当時は反体制という事はそれだけで一つのステータスを得られていた時代。ソニーもサルも全くそんなことには関わっておらず、単に間抜けな泥棒に過ぎないのだが、それを勝手に脚色して反体制の旗手に仕立て上げるのが民衆の力だった。ルメット監督は次回作の『ネットワーク』でこのことを更に強調して描いていたが、ここでの撮影経験が上手く活かされていたのだろう。

 結果として二人の強盗は、褒められれば褒められるほど、逆にどんどん惨めな存在に貶められる。しかも自分たちがあたかも英雄であるように錯覚していくことになって、余計惨めになっていく。社会風刺をたっぷり込めたブラックユーモアとして考えても、本作の意味合いは充分に成り立つ。

 この辺までも克明に描いてくれたのが本作。こんなのをまとめたルメットの実力も凄いけど、何より、色々な要因が重なり、監督自身が思っていた以上のものが作られてしまったのではないかと思う。

 それにしても本作でのパチーノの格好良さよ。決してスマートじゃない。むしろ行き当たりばったりの行動しかしてないのだが、何にやるにせよ余裕が無く、ぴんっと張り詰めた糸のようなもので、彼の行動を追うだけでも緊張感が途切れない。パチーノは貫禄のある人物を演じても上手いが、本作と『スカーフェイス』(1983)は別な意味でパチーノの演技を限界まで引き出した作品と言えるだろう。

 今の時代でこれを観ると、合う人と合わない人が極端に分かれそうだが、出来るだけ多くの人に観て欲しい傑作の一本。

(評価:★4)

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