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[コメント] ハドソン川の奇跡(2016/米)

裁判映画の定式に則った上で、ちゃんと個性を出す。これが一流監督だ。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 本作の元となったのはUSエアウェイズ1549便不時着水事故事件(wiki)であり、事故とその後に起こった裁判について再現したドラマとなっている。事故そのものについては一瞬の判断によるものとなるために映画としてはそう時間を取ることが出来ない。そのため基本的にはその後に起こった裁判を主軸に、事故そのものは思い出として挿入される形をとっている。

 航空機事故の裁判という意味では、既に本作に先行してゼメキス監督の『フライト』(2012)があった。似たような設定と物語展開ではあるが、本作はちゃんと独自の魅力を作り出している。

 本作の面白さは、第一点としては裁判作品としてきちんと作られていると言う事。

 ハリウッドでは裁判作品と言うのは立派な一ジャンルを形成しており、そこにはいくつもの定式が存在する。イーストウッド監督はこれまでに定式に則った裁判作品を作ったことはなかったはずだが(一応『ミスティック・リバー』と『チェンジリング』裁判も扱っているが、それが主題ではない)、難なくその定式をきちんと使いこなしている。

 裁判ものの定式というのは、簡単に言えば、どんでん返しである。

 主人公側に物的証拠が不利な証拠がずらっと並べられ、これは敗訴決定か?と思わせたところで主人公が思いもしなかった証拠を提示、あるいは意外な提案をすることで判決が逆転してしまうというパターンが使われる。

 本作もチェズレイが取った行動は、規定違反とされてしまい、このままでは重罪確定か?と思わせたところで…というパターンをちゃんと踏襲しており、とても安心感のある作風となっている(Wikipediaの記事によればシミュレーション飛行を行った人達は全員チェズレイの判断の正しさを証明していたそうなので、あくまでこれは映画上の演出だが)。

 確かにそれは上手くできた物語だが、これだけでは別段イーストウッド監督である必要性はない。監督らしさを発揮したのは、繰り返し演出されるチェズレイの脳内のフラッシュバック描写だ。

 特に近年のイーストウッド監督作品に顕著なのがトラウマ描写である。某か大きな事故が起こり、その当事者がその思い出に苦しめられ続けるという展開が大変多く、これが近年の作風の特徴にもなっている。そして本作の場合、そのトラウマとなった事件が様々にパターンを変えつつ主人公を苛んでいく。編集によって、その描写は物語が進むに連れるように時間軸を合わせていく。物語冒頭にあったのは、エンジン停止の瞬間。それから裁判状況が進んで行くに従い、その事故模様も推移していき、クライマックス付近で実際の着水シーンから救出までと、盛り上げ方が上手く作られていて、「なるほどこんな作り方もあるのか」と感心させてもくれた。この編集あってこそ、本作は間違いなくイーストウッド作品であると納得できる。

 あと、本作のセミドキュメンタリー性は、管制局に勤務する人達のかなりのパーセンテージは本人が演じているというところにも現れている。スタッフロールでずらっと「Himself」「Herself」が並んでいるのは壮観でもあった。

(評価:★4)

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