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[コメント] タイヨウのうた(2006/日)

恋をしていないと生きられないわけじゃないのと同じように、生きていないと愛せないわけじゃない。生きるという事を考えさせられる、良作。テトラさんにならってネタバレ無しでレビューを書いてみた。これから見る人も、見終わった人もレビュ→
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主人公薫は不治の病に冒されてる。だが、いちいち悲観的になったり腐ったり投げやりになったりしていない。泣いて泣いて泣き尽くした後、彼女なりに運命と折り合いつけたみたい。その方法は心から笑えるような喜びを代償に心が砕けてしまうような痛みを封印するというもの。普段の彼女は、その封印が貼り付いたような表情や声色をしてるが、歌ってる時だけは解放されてる気がした。「なんであたしが!」とか「みんなはいいよね。健康でさ!」なんていう嫌味なものは、みじんもなく、ただただ「生きてるよ」…と。等身大の切実さに胸が迫った。

彼女は恋を“してしまった”。封印していた喜びがあふれた。しかし同時に痛みもあふれてしまった。恋から彼女は多くの喜びを与えられたが、与えられた喜びが大きければ大きいほど失った時の痛みも大きかった。一時は恋を閉じる事でふたたび、生につきまとう運命を封印しようとしたが… 彼女は歌った! それまで、自己の生のみをのっけていた歌に、他者への愛をのっけて。はじめて与える喜びを知ったのだ。

終盤、砂浜のシーンで娘の生きている事への苦しみに感極まった父親が「苦しいなら終わらせてもいい」というような事を言う。彼女はそれに対し笑顔で応えた。生きていくだけの事においてはリミットがない我々には、ごく当たり前のセリフによって。恋を“してしまった”彼女はついに恋をした。喜びを与えようとした。だから彼女は生きる事にした。その決心をし、望んだ。ただ“生きている”だけの苦しみなら、彼女はきっと笑えなかった。これまでのように弱さを隠す事でしか生きていられなかっただろう。だが“生きる”のなら苦しみはあって当たり前の事。だから彼女は笑えたんだと思う。強くなれたんだと思う。そう、強かった。強い笑顔だった。

多くの人は、ただうまれたというだけで、生きていられて、やがて死を迎える。だが“生きている”という単なる状況を越え、自ら“生きよう”とし、生きた人間はきっと死なんて迎えやしないんだ。生き終える――というだけ。その形が死というだけ。そんな気がする。恋をしていないと生きられないわけじゃないのと同じように、生きていないと愛せないわけじゃない。そんな気がする。この映画から沢山の事を考えさせられた。

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観賞後、ふと谷川俊太郎のこの詩が思い浮かんだ。

 生きる(抜粋引用)

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 生きるということ

 いま生きているということ

 それは喉が乾くということ

 木漏れ日が眩しいということ

 ふっとあるメロディを思い出すということ

 くしゃみをすること

 あなたと手をつなぐこと

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 生きるということ

 いま生きているということ

 鳥ははばたくということ

 海はとどろくということ

 かたつむりは這うということ

 人は愛するということ

 あなたの手のぬくみ

 いのちということ

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ハイ。

ここで終わってもいいんだけど、少し映画的な面でグダグダと。

監督の小泉徳宏は、これが初監督作品らしい(知らないはずだ)…にしては、不思議なほどテライもリキミもない。ありがちな「よぅし、ここで泣かせてやるぜ」とか「俺独特の手法、使っちゃうぜ」的なギラギラしたものも感じさせない。シンプルでストレートな展開。構成も絵もあまりにそつなく古典的ですらあると思った。全体を抑えよう抑えようとしてるように感じられたほど。設定がドラマチックなだけに、いくらか構えて入ったのだが、あんまり無茶な描き方や強引なドラマもなく、すんなり入り込めた。僕の苦手な韓国のこの手の映画じゃこうはいかなかっただろう!

強いてあげるとすれば、場面転換が個性的かもしれない。最近ありがちなのは「ハイ、このシーンはこんな余韻で終わりますよ〜、次こんなシーンが始まりますよ〜」と、やたらうるさく意図をうったえる場面転換。(大仰なエフェクトで)この映画は場面転換がわりとアッサリサックリしている。好みによるかもしれないが僕はこの方が好きだ。あと、多少やぼったくなっても分かりやすく描こうという受け手への配慮もそこここに見受けられ良心的。今後、期待が持てる監督さんだ。僕の中でスッカリ“虚飾主義”のレッテルを貼られた岩井俊二が同じ題材で撮っていたらこうはいかなかっただろう!

さて、この映画の骨は主人公薫役のYUIだと思う。正直、演技はあんまり上手とは言えない。しかし、なんというか…薫そのものだと思った。以前、この映画にも出演していた岸谷五朗が悪役を演じた映画(『リターナー』だったかな?)で「演技もビジュアルも申し分ないが額に“悪”と書いてあった。役者自身の人間性にダークサイドがないからだろう」というような辛口コメントを書いたが、今回は正にその逆。演技よりも彼女の素の存在そのものに真実味があるから妙に説得力がある。ビジュアルだけ見た時、似た雰囲気の役者は沢山いるし、きっと彼女よりも上手に演じられると思う。だが現実味(映画的な)は作れても、真実味はなかなか作る事はできない。そう思う。

最初、彼女の起用は「歌えるからかなー?」くらいに思っていたが、見終わってみると彼女以外の薫役はありえないと思った。そればかりか、彼女がいなけりゃこの映画自体ありえないとまで思った。そして、やっぱり歌のシーン。圧倒的だ。文句ない。こんだけ、ただ歌うってシーンだけで見せられる役者はいないだろうし、こんだけ歌って要素がいきてる映画もないと思う。きっと誰かが「ただのYUIのプロモーション映画じゃん!」とか、つまんないコメントを付けるんじゃないかな? それほど歌がいきていた。終わってから一番印象に残っているのはやっぱりoh Good bye days〜♪のメロディと、これを歌ってる時の彼女の今にも泣き出しそうな表情。メロディを思い浮かべるたびに映画のシーンが思い起こされ、ジンワリ効いてくる。この映画は観賞後にもう一波くるぞっ。

※おそらく、見終わった後、口ずさんだり鼻ずさんだりしたくなる人が多いだろうから、老婆心で歌詞へのURLを貼っておきますよ。↓

 http://kashinavi.com/song_view.html?16750

詩の内容は笑えるほど映画に向けて直球って感じなんだけど、 観賞直後の立場としては切ないメロディと相まってジーンとくる。

さて、オマケみたいになっちゃうが、脇役の面々も良かった〜。キャスティング良かった。もちろん演技も良かった。特に岸谷五朗の父親っぷりにはやられた。病院での感情的なシーンもさる事ながら、メガネッコ友人に相談するシーンのセリフ、あれにはグッときたねぇ〜(あまり嘘がない脚本もいい)塚本高史の実直さも清々しくて好印象だったし、麻木久仁子も抑えた科白ながら娘を思いやる母親っぷりがよく出ていた。そうでありながら各々見せ場以外のシーンで無駄に演じすぎていないのがいい。このストーリー・この主人公役で、他の役者一人一人が「我が!我が!」と、でしゃばりすぎていたら、全然違う印象の映画になっちゃってたかもしれない。また、必要最小限のキャラクターのみで描き、やたらキャラクターを絡ませない・色を出させないのも無駄な混乱を招かず良かった。

1つだけ惜しかったのは、メガネッコ友人の存在。役も役者(通山愛里)も微妙に浮いている気がした。個性が強すぎというか… そもそも役柄が分かりにくい。“友人”である必要あるのだろうか。“姉”や“妹”の方が自然な気がするのだが… 友人である必要性を考えてみたが、いまいちハッキリしない。主人公一家の内輪だけで回すと、ありがちな「病気と戦う少女・それを支える家族」みたいなノリになってしまうから、わりと客観的な視点を入れたって事なのかなー? まぁいちいち重く捉えないサバけた性格の彼女が主人公やその家族をいくらか救ってるトコもある…のかもしれないケド。しかし、それにつけても、なぜメガネッコ!? ガイジンさんが東洋人を見るとどの顔も同じに見えるらしいので、区別をハッキリさせるって意味では良いのかもしれないが、それにしたってさ、あのメガネはいかがなものか! 一部のフェチストが喜びそうなイカニモなデザインじゃないかい!? 個性の突出はあのメガネがかなり影響してる気がするんだけど…

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だいぶ、文が酔っぱらいだしたので、このへんで終わりにするけど、最後に、これから観る方に僕なりの見所(?)をズバリ!

エンドロールを最後まで観て下さい。サラッと描かれてるけど(文字通り描かれてるけど)わりと、しみじみさせられる演出が残ってます。男性の方にはYUIの両頬がブニッとひっぱられた顔と、ヘルメット装着シーンで手こずる姿、その後ポコンとヘルメットと叩かれた時に小さくもれる「イテッ」がおすすめ。女性の方には塚本高史のサーフィン姿と、これまたヘルメット装着シーンの「ちょっと貸してみい〜?」に代表される実直な優しさがおすすめ。ハラペコな方には食事のシーンの無駄にバカでかいエビフライがおすすめ。腕時計好きの方にはハイ、こちら↓

http://www.kurukitei.net/store/catalog/product_info.php/products_id/457

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)林田乃丞[*] sawa:38[*] テトラ[*] セント[*]

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