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[コメント] 近松物語(1954/日)

鑑賞後はしばらく茫然自失でした。なんとも印象的で、残酷なまでに美しい。そして鋭利な刃物を思わせる光を湛えた画面の色が、ますます残酷さを際立たせていると思いました。
づん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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この監督はモノクロのコントラストが甘いっていうか、画面がシルバー的光を持っている気がします。そんな光を湛えたモノクロに、また日本家屋が映えるのなんのって。感嘆してしまいます。美しいなぁ。

そして主演の二人がなんとも人形のようで、時折、浄瑠璃を観ているような気分になる事がありました。自分の学のなさを暴露するのは恥ずかしいんですが、調べてみたら近松門左衛門て浄瑠璃作家だったみたいで…。でもそんな知識のない私でも"浄瑠璃"が頭を過ぎったって事はやはり素晴らしい事だなと思いました。なんだろ。動き?人と人との絡まり方?表情?ま、浄瑠璃見た事ないんですけど(説得力なさすぎ)。

それから必要以上に感情移入を許さないというか、泣かせどころで引っ張らない展開がとても新鮮でした。壮大な悲恋物として泣かせるシーンをごてごてと足していけるハズなのにそれを全くしない。にもかかわらず、常に体から汗が噴き出す程の緊張感があり、悲痛感がじわじわ伝わってくる。気づくと手に力が入っていてじとっと汗ばんでいるんです。すごいなーと思いました。

でも一番すごいと思ったのは、初めはそんな素振りも見せない二人がどんどん恋に落ちていく過程。原作はどうなのか全然知りませんが、私はこの二人、最初から想い合っていたのか?という疑問が過ぎりました。琵琶湖に身を投げる寸前、茂兵衛は「以前から慕っておりました」的な事をおさんに告げましたが、これは果たして事実だったのでしょうか?私は前半でそんな茂兵衛の想いを微塵も感じる事が出来なかったので、ある意味唐突に感じました。そしてそれを聞いたおさんは「死ねなくなった」と言いました。このおさんの気持ちはよく分かります。ただそれが相思相愛だった為なのか、それとも茂兵衛の気持ちが嬉しかった為なのかはよく分かりません。とにかく私は二人が以前から激しい想いを秘めていたようには思えないのです。でもだからこそこの作品はすごいと思ったんです。疑いから生じた逃亡劇。自らが仕組んだものでは決してなく、偶然が重なっての逃亡劇。その雰囲気に流され、二人はそれを恋と錯覚したのかも。でもそれが錯覚なのか、本物なのか、そんな事はむしろ重要ではないと思うのです。恋とはまさにそんなものだからです。

ラストでしっかり手を握り合い、微笑みすら浮かべていたように見えるおさんに対し、私も茂兵衛の表情には曇りが雑じっていたように見えました。映画は何も言わない。結果を出さない。観た人のお好きな解釈をどうぞと言わんばかりのラスト。いつもの私だったらどっぷり感情移入の末、号泣しているところなんですが、なんと壮絶なラストシーン。こんな展開で号泣させてくれないなんて…!(チョロ泣きはしましたけど)鑑賞後は悶々と考え込んでしまい、しばらく茫然自失でした。なんとも印象的で美しく、そしてなんと残酷な物語。

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08.05.02 記

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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