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[コメント] 羊飼いと風船(2019/中国)

広い空。うねる草原。夏なのに暑気を感じさせない乾いた空気感。精力的でごついがたいの夫と従順で恥じらい深い妻はともに働き者だ。夫婦の朝は居丈高な角の種羊と何頭もの雌羊を交尾させることから始まる。この地では管理された未来も、また宗教的因習も生活なのだ。
ぽんしゅう

即物的な生活のリアルと心象的なイメージ映像で綴られる生と性の「武骨な詩」のような映画だ。

予期せぬ妊娠をした妻は三つの困難に直面する。ひとつは国家の産児制限による罰金という金銭的困難。二つ目は男系家族のなかで子育て、家事、酪農を担うという労働の限界という現実。そして、亡父の輪廻転生を信じて妻の中絶という選択を認めない夫。

映画のなかで妻が納得する決断を選択しようが、理不尽な結果を強いられようが、現代の人権思考とフェミニズム思想を思えば、チベットでもジェンダーにまつわる問題は一緒なのだなあ、と思った。だが、観終わってしばらくして、私の解釈は短絡的に過ぎるのではないかと思い始めた。

輪廻転生など非科学的な因習だと一蹴してしまう傲慢は、チベットの人々の心の伝統の否定だ。すなわち、ダライラマが率いるチベット臨時政府に圧力をかける中国政府の姿勢と同じではないか。一見、理不尽に見える夫の言い分はペマ・ツェテンが、この映画に密かに仕込んだ民族的告発と抵抗なのではないかと思い至った。

管理の象徴である半透明の風船(避妊具)は、飛ばない風船として子供たちにもてあそばれる。お土産として町から持ち帰られたのは赤い風船。ひとつは割れて、ひとつは空のかなたに消える。赤は中国共産党の暗喩だろう。呆然と虚空を見上げる父と息子たちが印象的だった。

(評価:★4)

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