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[コメント] きれいなおかあさん(1999/中国)

愛か、自尊心か。
Shrewd Fellow

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







だいたい、はじめっから私は全然主人公が気に入らなかったのだ。だけど、そんなことを思ったらいけないような、人として冷たい人みたいな気がして。しかし、どうにもこうにも彼女のことが好きになれない。かわいそう、とか、頑張れ!みたいなキモチになれない。なんだか、違うところを見ているような気がして。冒頭のモノローグからもわかる。「誰のせいでもない」とか、「私の子どもだから一人で育ててみせる」とか。なんか違うんじゃない?と思いつつ、危なっかしい彼女から目が離せなくなるのは、自分も一歩間違えばあんなふうになってしまうという気がするのか。それとも、自分を見ているような気がするからか。

ラスト、息子と対決するシーン。お互いにキレて、はじめて心を開いて本音をぶつけあう。ヂャンダーの必死の問いかけに、「あー、もう誤魔化せない」という表情の母親。そして「あんたは耳に障害があるの。他の子とは違うのよ」と現実をやっと見ることができた彼女。「なんだよ、そんなことも話してないのかよ!」という感じだ。やっぱり彼女は自分の子どもに障害があることや、夫に捨てられたこと、お金がないこと、その現実のすべてを受け入れることができないで、必死にやってきたのだ。自分の子どもに障害があることを、なかったことにしようとして必死に言葉を教える。普通の学校に入れようと必死になる。ヂャンダーのため、ヂャンダーは賢いのに、という言い訳。実は、自分の子どもに障害があって他の子よりも劣っていると思っているのは自分自身なのに、そんなことも認めることができない。だからこそ、普通の学校に入れたいのだ。明らかにちゃんと話せていないのに、それを認めることができない。自分の自尊心を満足させるためだけに、必死にやってきた。それは愛じゃない。ヂャンダーの必死の問いかけは、彼女にそのことを気づかせてくれた。ヂャンダーは劣った存在ではなく、しっかりとした一人の人格として存在していることを彼女に気づかせてくれた。彼女は一番大事なことを息子に話すことなく、ごまかして生きてきた。やっぱり、それは愛じゃない。と思う。

気に入らないキャラクターの主人公だけど、コン・リーの演技はすばらしくて、映画にどんどん引き込まれる。本当は自分をごまかしているだけなのだが、チャンダーのために必死に生きようとする姿は、タイトルにぴったりである。コン・リーが美人なのではなく、誰かにために必死に生きる人、その姿が美しい。世界中どこでも、母は強いなぁ!

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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