[コメント] 日本の夜と霧(1960/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
大島渚はこの頃のコメントで「一週間で撮った」と言っていますが、当時の映画というのは、斜陽の始まりで、ヒットしたらすぐ次、という仕組みだったようですね。
ひどい話ですが、映画会社の封建的な制度が残る中で、『青春残酷物語』をヒットさせた大島渚に、会社は次の映画をすぐに撮影するように命じます。
できっこない相談を持ちかけられて大島は、「とにかくカット数を少なくしてしまおう」と考えたらしく、舞台演出を取り入れて、カメラがどんどん動いてゆく映画を作ってしまったというわけです。
映画が会社のもので、現場は芸術を作ろうとした時代。
いつの時代もそうですが、特にこの時代は映画会社ももがいていた時代なんですね。
使い捨て時代です。
だから会社も、少し人気の出てきた大島を使えるだけ使ってブームを掘り起こそうと考えていたようです。
大島本人はそんな状況を把握して、反発しながらも表現の場を求めて戦っていたんですね。
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最近『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を見ました。大島渚が『愛のコリーダ』で組んだ若松孝二監督の作品です。
時代を超えてこの映画を見ますと、とても息苦しい思いがいたします。
しかし、なぜかこの『日本の夜と霧』にはそういう息苦しさを感じません。当時はまさにこれが現実だったのか。それともその時代背景そのものが写されているのか。いずれも霧の中ですが、若松監督の最新作を見て、ついついこの映画のことを思い出してしまいました。
ハンディカメラでワンカットを貫いている割には、映像がとても美しく、色鮮やか。今となっては時代に埋もれたようなお話ですが、このタッチや画面からあふれ出てくるような迫力はワンシーンも見過ごすことができません。
鮮明に残る美しい映画ですね。
2009/05/04
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新文芸座で『大島渚』監督の特集を見て、再度見てみたくなった作品。
この映画はとにかく議論、議論、議論が続きます。
今はこんな議論を学生が行うことなどないのでしょうが、当時の学生はマルクス教条主義で、とにかく安保に対するアレルギーを発露させるために、ひたすらマルクスを勉強し、団結し、議論する。
そしてそれが警察(公安)の目に留まり、逮捕者や死者が出る。
そんな過程の中、冒頭の結婚式のシーンから体制に対する日和見だとかなんとか理屈を並べてとことん議論しまくりますね。しかもワンカット。
驚くのは、セリフを間違えようが何しようが、とことんワンカットで議論しまくるところです。驚きます。セリフが淀みなく続く演劇っぽさを、この間違いだらけのセリフが逆にリアルに感じられますね。恐ろしいほどです。
途中に何度か「たいまつ」が闇に浮かび上がるシーンがありますが、とても印象的でした。このともし火こそが命だ、といわんばかりのエネルギー。
芸術を爆発ととらえれば、この作品こそが日本のヌーヴェルヴァーグちと称される要因であることは明らかです。この時点で大島渚監督は世界最高峰の映画監督になったんだろうと思います。
こんな映画、誰にも作れませんよね。
すごい!
2010/10/10 自宅
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