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[コメント] プルーフ・オブ・マイ・ライフ(2005/米)

内在する不安(狂気)と闘い、外部と接続すること。「証明/proof」は外部への働きかけである。本当は、それはとても難しい。真摯な映画。4.5点。
死ぬまでシネマ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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舞台からキャサリンを演じていたというパルトロウは、内部の不安から外部の不安(孤独/孤立)へ繋がってゆく精神の不安定さを見事に表現し、女優が「演じる」という範疇を越えていた。

少し解らなかったのは、キャサリンの決断の意味。深く傷つき姉の言いなりになり掛かっていた彼女が、空港で見つけたものは結局何だったのか。ハロルドを介して復帰しようとする彼女の原動力は。自分の中の「数学」を復活させる事で自分を証明する、という事では少し陳腐な気もするのだが…。

他人、を含めた外部と接するには終始自己を調整し抑制しなければならないが、内部に不安を抱えている時にはそれは非常に困難な作業となる。父は娘とは強い絆で結ばれていたが、それ以外とは完全に破綻していた。娘は父との絆を自らの拠り所とする事に、安らぎ以上に恐れも感じていた。

姉も決して安定した存在ではない。彼女は極度に自己を抑制(加工)し、そのしわ寄せがあちこちに噴出している。姉妹はお互いの状態を把握しているけど、自らの問題に覆い被らされているので、とても相手の救済(真の意味での)は出来ない。(自覚的に演じている姉役のホープ=デイヴィスも見事である。)

父親も娘を非常に愛しているけれども、娘に必要な本当の意味での救済は全く出来ておらず、そこに父娘の深い断絶があるのである。狂気を演じたアンソニー=ホプキンスは見事であった。

ハロルド(ギレンホール)は好演していたが、彼とキャサリンが愛し合う辺りは展開としてやや性急な感がある(物語では彼は非常に長い時間、彼女を見守ってきたらしいが)。映画的には「愛」によるキャサリンの救済=外部への接続が望ましいのは解るが、現実には「愛(性愛)」でなくて最も必要なのは「信頼」だ。(勿論、この映画でも「信頼」に根ざした「愛」であると強調されてはいるのだが。) この時間枠ではこれ以上「愛」にでしゃばられる訳にも行かないし、難しいところだと思う。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)イライザー7 わっこ[*] けにろん[*]

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