[コメント] レナードの朝(1990/米)
悲しい話でないとは言えない。でも人間の「脳という装置」は(つまり人間は)多様な可能性を秘めていると、勇気をもらった。
誰が見たって、というかほとんどの人間が見て、中身空っぽとしか見えない人間。医療の専門家みたいな人だってその通りだと言う。でも実はそうではなかった。それに気づくということは、切り捨ててきた無神経さというか残酷さにも気づかされるということだ。面白い、と言ってはいけないかもしれないが、でも面白い。人間の「脳という装置」は(つまりは人間は、ということだが)、想像を超える多様な可能性を秘めているのだと期待できるからである。それってやっぱり、いい意味で勇気をもらえるよ、凡夫としてはさ。
(23/12/25記)
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