[コメント] あなたへ(2012/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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刑に服している男に会いたいがため慰問の形で訪れる場末の歌手である。そんな二人が夫婦になり、しかし永遠の別れを背負うことになる。
女は口頭で伝えることなく死後伝達という不思議な方法で夫に自分の散骨を伝える。不思議だなあとは思うが、夫に面頭向かって言えない遠慮のようなものがあったのだろうと思う。
男にとっても女にとってもほぼ人生のラストウォークの途上で結婚した二人。お互い、もはや今さら人生のうわずみをとやかく言う関係ではなかったろう。男は嘱託と言うからには60歳定年の1,2年後という年齢設定なんだろうが、高倉がそれより20歳も実年齢を超えており、田中も当然53歳より(相対的に)若く見えるので、ぱっと見では夫婦には見えないところがまずこの映画の難である。しかし健さん映画だからそこのところは許そう。
前に戻るが、散骨とはそもそもどういうことか。あまり僕も考えたことはないが、墓石を残さないということなんだね。自分の存在を死後に残さないということなんだろう。ここをまず踏まえておく必要がある。
散骨するために1200キロの自動車旅をする。本来ふたりで行くはずだった旅を散骨の目的で行く羽目になった男はある意味哀れでさえある。しかし映像の高倉はそういうそぶりを見せない。相変わらず「男の背中」を見せている。
最初出会うのはビートたけし。山頭火を信望する同年輩。孤独の人である。同じ人生の色合いを感じたのか、高倉には車上荒しを行わない。たけしの暗いまなざしが印象的であった。
京都で草なぎに出会う。イベント弁当屋で全国を巡業している。うまく車と体を使われてしまうが、高倉は逆に楽しんでいる。草なぎの部下の役で佐藤浩市も意味あるがごとく出演。草なぎの役どころ、悪くはないが、妻の不倫に悩む陰影が不足気味。しかし大阪の町が元気良く描かれる。
刑務所慰問や兵庫・和田山の竹田城址で歌われる田中の歌声が清らかで美しい。宮澤賢治の作詞作曲らしいが、僕は初めて聞く。こんな清々しい歌がまだこの日本に埋もれていたなんて、このことにまず驚く。田中は演技もいいが、この歌は素晴らしく心を打つ。
平戸での散骨もいろいろ難産するがやっと地元の人たちの好意で済ませる。出番は少ないが大滝秀治の渾身の演技が胸を打つ。海は夕日を浴びて溶け込んでいる。人生の終焉。そしてここから残された男の新しい人生も始まるのだ。
ここで終わるかと思ったら、何とこの映画は最後にあっと驚くフィクションを用意していた。平板に見える映画に肉づきを盛っている。これも人生なんだよなあ。死に別れた夫婦もいれば、生きているのに会えない家族もいるのだ。
女は散骨することで男に精一杯、新しい人生をエールする。でもそもそも女に会うまで人生をまともに構築しようと思っていなかった男だ、新たな人生なんてあるのだろうか。映像の高倉の風貌からはそれは感じられなかった。60過ぎと80過ぎとではやはり実際問題相違があり過ぎるのだ。
このことがこの映画の難ではあるのだが、この映画は健さん映画である。敢えてそれを許さねばならない。若い人たちにとっては60歳も80歳も同じ一括りなのかもしれない。
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