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[コメント] 近松物語(1954/日)

長谷川一夫香川京子で正解!
いくけん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 あえて、虐げられた存在である手代、茂兵衛を、華のある大スター長谷川一夫に演じさせた溝口。その苛烈なまでの演技指導は長谷川の大輪のオーラを被い込む。しかし、映画の進行内に、その男の完璧に整った顔故に、隠し切れない美のオーラの瞬間が表出する。被虐のなかに垣間見える美。人形の姿かたちに見とれ、その妖しさの内に人間を錯覚するかの様な倒錯した夢の瞬間。 長谷川はまさに文楽の美しき人形となっていた。

 この人形の相方としては、相当程度の高いの美貌が要求されよう。当初、美麗で古風な風情もある木暮実千代が予定されていた。木暮なら艶やかで儚(はかな)い人形となっていただろう。映画は、汚い俗世の中を二つの美しき人形が拙く歩いていく、夢物語的な要素の強い(ある意味で前近代的な)見事な心中ものの文楽となっていた筈だ。

 木暮に他の仕事が入り降板。急遽(きゅうきょ)香川京子がおさんを演じる事になった。美貌に於いては十分に合格。だが長谷川よりも香川は23歳も若い。その辺りは 少し釣りあわない。しかし、香川には等身大の人間を演じ切る演技力と、現代的な個性、張りのある通りの良い声を持ち合わせている。

 映画は始まる。あの時代、即ち果てしなく保身的で拝金主義な時代現代も一寸の狂いもなくそうである。)に対峙して、二人は純愛を貫いて行く。おさんの台詞「旦那さんは私の事、妻やと思てへん。思うとったら私の言う事信じてくれる筈や。」、「お前の(好き)の一言で死ねんようになった。死ぬのはいやや。生きていたい。」香川京子の迫真の演技と張りのある声、即ち『近松物語』は、確実に、現代の我々の社会も打ち抜いて来る。『浪華恋歌』『祇園の姉妹』における山田五十鈴の叫びのように。(溝口もさぞ満足だった事だろう。)

 悪人新藤英太郎小沢栄、慈愛に満ちた親浪花千恵子、引き回しを見守る様々に反応の違う群衆、それぞれの演技、二人の感情と運命のうねりを写し取るかの下座音楽、丁寧な大映美術、光沢の豊かな宮川一夫の撮影、全てが一級品で堪能の一言。

 ラストシーン、引きの画面であるが、馬につながれた長谷川の顔と姿をカメラは延々と撮っていく。これは溝口長谷川一夫に対する最大のリスペクトの表現ではないだろうか。「よっ、これでこそ大スター、俺のきつい指導に耐えて、良くがんばったな。」と。

(評価:★5)

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