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[コメント] 蟻の兵隊(2005/日)

これでも「戦争だから仕方がない」というのか。これでも「日本は間違ってなかった」というのか。これでも「お国のため」というのか。
死ぬまでシネマ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







映画の中で中国を訪れた奥村和一は突如「一日本兵」へ戻ってしまう。彼は激しい口調で自分が殺した中国人捕虜の息子を責め立てる。あのシーンは尋常ならざる空気が漂い、映画の中でも圧巻の場面だが、奥村の主張がやや解りにくい。上映後の監督の補足によると、あの場面で奥村は「自分らが殺したのは全く罪なく連れられてきた近隣の農民だと思っていたのに、どうやら日本軍と協調して炭坑を警護していた中国兵53名であったという。八路軍(共産党軍)の攻撃に武器を捨てて戦闘を止めたというなら、それは自分の属する軍を捨てた敵前逃亡ではないか。しかも日本軍と協調するのを止めるというなら逃亡すればいいのに、おめおめと日本軍に捕らえられている。それでは処刑になるのは明白ではないか。その為に自分は彼らを殺さなくてはいけない羽目になったではないか」と主張していたのである。殺された中国人の、息子に向かってである。その時、彼は矢張り日本兵になってしまっていた。

私が心を痛めるのは、2600名の日本兵の内、約550名にものぼる者が1945年8月15日以降に戦死した事実である。中には「天皇陛下万歳」を叫んで死んだ者もあるという事実である。そして共産軍捕虜になった者を含め、生き残って本土に戻った者が手にした通知には「昭和二十一年三月 現地除隊」と記されていた事実である(奥村は1948年の戦闘で重傷を負い、抑留されて1954年まで帰国できなかった)。そして現在も尚、日本国政府は彼ら残留軍の戦闘を「国民党系軍閥への志願による傭兵」として、一切認めない事実である。

薬害エイズを知っているだろうか。嘗てHIVが日本に知られるようになった時、その国内患者に占める血友病患者の割合は、他国に比して凄まじいものであった。しかし当時の厚生省はその事実を出来る限り隠蔽した。そして現在、新たな血友病HIV感染者が発生しなくなって、その割合が低下してゆくのを厚生労働省はじっと待っているのである。戦争とAIDs、政府の態度に差はあっただろうか。「お国のため」に死ぬ事の悲しさよ。

5万9000の日本軍から2600名を選抜した基準について映画では詳しく触れていない。その経緯からおそらく厚生労働省は「志願であったと思われる」と主張するのだろう。この構図は「日本軍性奴隷」(いわゆる従軍慰安婦)でも見られた構図である。明確な軍の命令書が表に出て来なければ「自分の意志でやったのだ」「少なくとも国(政府)は与り知らぬ事だ」という。偉そうに責めたてる人間の何と非人間的な事か。…「お国のため」に死ぬ事の悲しさよ。

そして私が心を痛めるのは、日本人が国の外に出て行なった事である。外地の教官は、内地からやって来る新兵を「殺人機械」にする為に、兎に角「殺させて」みた。そしてそこで殺しを覚えた兵は、回りには日本人しか居ない島国から出て敵に四方を囲まれた大陸に展開した日本兵は、どうなってしまったのか。「戦争だから仕方がない」などと言える人間は、「本当の戦争」というものを考えようとした事の無い人間である。

家族を殺されたものにとっては戦争は「家族を殺された戦争」である。日本人は大陸の人々にとって「殺した側」だった。我々は自分の家族が殺した戦争に対して「家族が殺した戦争」とは認識できていない。おじいちゃんが殺したからといって自分に何の罪がある?と考えている。その落差に心を痛めるのである。殺された側にとって、戦争は一世代では決して終わらない。その事を、日本人は解っていない。

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