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[コメント] 水の中のナイフ(1962/ポーランド)

ポランスキーらしく、観察と五感がそれこそナイフのように鋭く冴える作品。刃を取り出す際の「ジャキッ」と鋭い音の異物感や編集。この頃から既にして不味そうな食事。皮肉めいたジャズ。絡み、あるいは躱される視線の緊張。虚栄と不穏と滑稽のドラマに説得力と深い陰影を与えている。正直愛せる類の話ではないが、とことん巧い。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







青年の立ち居振る舞いは終始青臭いもので滑稽ではあるのだが、男との比較においては次第に対等か対等以上に見えてくるのが面白い。

男がナイフを捨てるのは、前段のナイフ投げの不穏への怯えもあるだろうが、「ナイフで道を拓く」と語る青年への嫉妬、嫌悪と羨望に虚栄心が完全に引き裂かれた事によるものが大きいだろう。

ナイフ絡みのエピソードでは、ことごとく男が青年に対して対等以下の立場を強いられており、関係性が逆転している(曲芸やナイフ投げでは、男が青年を「模倣」する)。

ナイフは、ヨットと車に乗り自分で歩く事をしなくなった男(事実、男はラストでも車を「待っている」)にとっては「失われた」能力の象徴であり、ナイフが登場して以降、次第に男の表情から優位に立った余裕が消え、自分がかつて持っていた武器の喪失をもたらした「時間」への焦りが支配するようになる。男がナイフをかすめる辺りから、男の輪郭が、老いたように一回りか二回りくらい小さくなり、化けの皮を剥がされたように行動と言動が矮小になる。男がナイフを奪い、青年を水に突き落とす事は、男が若かった(=今は若くない)というささくれた認識を抹消したいという衝動の結果であるように見える。

青年側では、自分と似た遍歴を辿っているらしい男に対して、裕福である事への羨望や未来の自分への期待の一方で、老いて倦怠した未来の自分を予感して反発的に嫌悪しているような節がある。画面と台詞の裏で流れる感情はかなり複雑で、嫌悪と羨望が入り混じった腹芸からは、二人は水と油というよりも、妻が示唆するようにむしろ似たもの同士にも見える。じりじりと人物の感情を沸点に近づけるプロットがさすがの細やかさ。

夫婦の造形が素晴らしい。富裕層で倦怠期の夫婦はリアルにこんなものだろうと思う。「孤独な男はしゃべりすぎる。」(『気狂いピエロ』)

余談。どうでもいい事かもしれませんが、ユアン・マクレガーってこの青年役の俳優にそっくりですね。『ゴースト・ライター』でユアンを使ってハマっていましたが、何か関係あるんでしょうか。

(評価:★3)

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