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[コメント] 灰と土(2004/アフガニスタン=仏)

一度ならずシャー・ナーメが引用されることから、原作者兼監督が薫陶を受けた教育がペルシア文化圏のものであることを知る。120ページ弱の原作は、もっと巧みな作家であれば短編にまとめられるはずのもの。映像作品のほうがより食指が動くのは、選りすぐりのロケ地と撮影の力(**)によるものが大きいのだろう。本物の土着民のような鄙びた面構えのキャストも、その土地ならではの香りを届けてくれて見飽きるということがない。
濡れ鼠

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まず気になったのが、被爆した際に聴覚を失った孫の役割。耳が聞こえなくなったばかりに現実に手応えを感じられず片っ端から悪戯して回るところの演出は、映画のほうがずっと手に負えない天邪鬼な感じが出ている。ちょうど、人の世とあの世の境界に引き届められており、今にも命のともし火が消えてしまいそうな危うさというか。

原作はニ人称のモノローグに近い文体なので、その大時代的な感情表現の素朴さが、時として冗漫に感じられることもある。それに対して、あくまでも外面描写に徹した本作は、世界の果てにあるような検問所の打ち捨てられた感じと、待機状態に置かれた時間の経過の緩慢さが前面に出てきて、良くも悪くも現代映画的だ(原作ではそれが思念の流れになるのでまるで異なった印象を与える)。本人が言明しているベケットの影響も、心理描写が削ぎ落された分だけ、より鮮明に感じられる。

あと、記憶に残っているのが、一糸纏わぬ姿で燃え盛る家に駆け込む狂女(義理の娘)のフラッシュバック。息子が働く鉱山へ移動中の車のなかで寝落ちする際に夢のなかの情景として挿入されるのだが、原野を驀進するトラックの疾走感とうまく繋ぎ合わされている。原作でも、ここは、なかなか力の入った描写があるのだが、本質的に発想が映画的なので、やはりこの人はともすると饒舌になりがちな文章表現よりも寡黙な映像媒体のほうが相性がよいのではないかと思ってしまった。

正直言うと、映画版を見ただけでは、息子との再会に躊躇する老人のジレンマの深刻さがいまいち汲み取れなかった。復讐に走るのを恐れるのはよいとしても、嫁と母親の弔いに現れなかったという理由で、自分の子供として見限ってしまうとはどういうことなのか。後に原作の訳者さんによるあとがきを読んで、この地域の部族社会に特有の名誉心について丁寧な解説があったので若干の助けになったが、概念として理解できても直感的に咀嚼しづらいものがあるものだ。まだ血の復讐はわかるにしても、名誉殺人や一方的な勘当・離縁につながる情念の縺れは、やはり異文化の人間には、想像を絶するものがある。

7/10

**ちょっと由布岳に似た格好の赤茶けた禿山と麓の涸れ川にかかる橋を一眼に収めたロングショットなど、他のどこでもないアフガン北部の現地ロケを活かした素晴らしい絵が多い。担当者は、トニー・ガトリフのロードムービーでお馴染みの人。月の砂漠さながらに砂塵が舞い続ける台地の風景も、私の好きなサハラの奥地のあちらこちらを思い出させて嬉しかった。

(評価:★4)

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