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[コメント] ふんどし医者(1960/日)

昔の偉人伝みたいな話は辛気臭くてどうでもいいようなものだが、演出は闊達で愉しい。専門バカの森繁の造形は社長シリーズに近く、孤塁を守る悲哀と威張り過ぎの嫌いがないまぜになったもの。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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島田の大井川の川渡しが快活に描写されるのが興味深い。宿屋が並び、川が増水すると「川止め」の札が立って旅人は足止め。みんな心配そうに川眺めるショットがいい。宿屋で地域医療に目覚めた森繁は、長崎仕込みの蘭方医なのにここに留まり庶民の医療に当たり、金持ちには大金吹っ掛けて貧乏人は物納や踏み倒されるだろう借金で診て「医は仁術、施しの精神」と語る。共にシーボルトに学んで幕府の御典医に出世した山村聰は森繁を江戸へ誘うが森繁は取り合わない。医療のあり方が漠然と問われているが、まあ人それぞれよねという感じでジレンマ化はされない。専門バカの森繁の造形は社長シリーズに近く、孤塁を守る悲哀もあるが威張り過ぎの嫌いもある。森繁は齢取って江戸へは弟子筋の夏木陽介が誘われ、明治になって渡しは渡し船になり「便利になったね」「ご一新のお蔭」と語られ、宿場は廃れ、妻の賭博で森繁がいつものように身ぐるみ剥がれてふんどし姿で往来歩いていたら、裸で通行禁止の立て札が出ていて「不便になった」で幕という物語。

手術で救われたやくざの夏木は弟子にさせろと『姿三四郎』風に森繁の庭で座り込むのだが、なぜそんな心境になったのか描写が足りていない。夏木は長崎に去って八年で上海にまで行って最新医学を身に着けて蝶ネクタイして戻ってくるのだが、元やくざ者がどうして医者になれのかよく判らない。努力すれば何事も成せるんだなあと反抗期前の子供なら興奮するのだろうから子供向けなのだろう。座り込みに際して森繁も雨戸閉めて「モノになるかならないか瀬戸際なんだ」と、根性があれば医者になるようなこと云っている。

村に子供の奇病が発生する。森繁は食あたりだろうと云い、夏木は伝染病を疑う。顕微鏡(夏木から300倍と聞いて森繁は驚いている)が必要だが250両(200弗)。ここで原節子が賽子博打の勝負に出る。貞淑な妻だが博打好きというキャラは見せ場なのに、ここがもっとも盛り下がる。野川由美子辺りが演じれば突然のコメディに出来るところだが原節子だからそうはならず、悲痛な面持ちで志村喬相手に体まで賭けるのが痛々しく、志村があっさり負けるのはわざとなんだろうが、志村がここしか登場しないためどういう人物なのか不明なため、温情も何のことか判らない。なお、賭博は畳一枚を囲んで行われ、白布などは敷かれていないのは考証があるんだろう。

そしてゲットした顕微鏡除けば病原菌は発見されず、森繁がどうだ俺の見立てが正しかったと云った途端に伝染病は大量発生する。この展開もまた判らない。森繁が顕微鏡の見方を知らず、夏木に見せなかったということなのだろうか。とんだ見栄坊であるが、死人まで出るのだからコメディになっていない。子供らは隔離されるが、隔離の観念を知らない村人たちは子供に合わせろと森繁宅を集団で取り壊す。菅井きんが「死に目に合わせねえとはとんでもねえ」と怒っており、実際に死んだ子もいるのだからもっともなことで、森繁は20年尽くしたのにと嘆くのも身から出た錆に見える。村人は山村から諭されて反省して家を復旧し、子供らは県が対応したと語られる。

ということで噺は方々よく判らないのだが、闊達な演出は全編気持ちいい。江利チエミは常のように最高で、恋人の夏木探して見つけたら「くたばっちまえって云っとくれ」、夏木は賭場に隠れていないといい、「本人がいねえっていっているんだ」なんて快活なやり取りからして鳴滝仕込み。この闊達さは最後まで持続する。この筋だからこそのこの演出なのだろう、とは思わされる。

この戯曲は有名らしく最近でも文芸坐が上演している。小山慶斎は実在しない。世界で初めて(1804)全身麻酔下での外科手術を成功させたのは私もマスムラで知っている華岡青洲と云われているが、本作には麻酔をうつシーンはなかった。ただヤクザの下っ端に夏木を押さえつけさせ、鏝焼いている。後で山村聰は日本初の手術だと絶賛しているが、腎臓を片方剔出したのが日本初ということだろうか。タイトルバックで和綴の「解体新書」が捲られて楳図かずおみたいなタッチの解剖図が示され、夏木の手術では開けた腹を見せる替わりに移動したキャメラが掛軸になったこの解剖図を捉えている。

(評価:★3)

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