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[コメント] 神田川(1974/日)

有名な主題歌に過密着しないのはひとつの見識だが、こんな程度の出来ならむしろ密着してほしかった。映画の主観は男にあるが、歌のように女の主観で観てみたかった。「貴方のやさしさがこわかった」というニュアンスが、このうらびれた風景のなかに定着できたらいい作品だっただろうに。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







何で当時の善人は人形劇に走ったのだろう。誰も観ていない子供たちに向けて左翼タームを叩きつける冒頭の劇が何かすごい。アクマのような上級公務員の兄勝部演之は実に腹立つ造形で、関根恵子の無理矢理中絶の件の殺伐感もの凄く、医者の神山繁が受精児見せるみたいな描写、お前ら遊んでいるからこうなるノダ、という。全共闘世代への声なき声はこんなものだっただろうか。俺たち黙って耐えているのに、みたいなへそ曲がり根性は、全共闘が息絶えて後も肥大化し続けたものだ。娘に定期的に金せびる賀原夏子は戦前から邦画に住まう妖怪タイプで目新しくはないが典型的。

物語は明らかに、黒沢のり子の嫉妬と計略と自殺が半端でいけない。全部省くか、描くならそれ相応に密着するべきだろう。本作の描写では彼女はただのサイコだし、終盤の心中は本筋が横ずれを起こしているようにしか見えない。心中なのに死因も検査せず巨大なキャンプファイヤーみたいな焚き木で火葬されるのも不可解。事実より演出の派手さを選ぶスタイルがすでにトンデモ映画の温床となっている。企画に山本又一朗の名前があるのが不吉。佐藤允彦は大したことはしていない。

この侘しい役処に草刈・関根では美男美女が過ぎる(草刈は出生の苦労が出ない役者さんだ)のだが、草刈は肉体労働に向いていない、という処は判る。弁当(殆ど飯だけだ)とか歯ブラシの棚とかに片仮名で恋人の名を書くのは新風俗だったのだろうか。関根のアパート、三畳一間でどうやって同棲するのだろうと思っていたらもっと広くでガッカリしたが、この周辺の風景がいい。東京らしい落差のある舗道から神田川へ向けて、生活排水なのか側溝の水なのか、高い処から何本も放水されている。衛生的にはいけなかったのだろう、もう見る機会もない風景だ。面影橋近辺。その他、神田川周辺の描写が記録としてとても麗しい。花沢徳衛の侘しい出版社なんてのは、もう絶滅したのだろう。

ラストシーンは素晴らしい。窓から投げ捨てられたカップルの人形が川を流れる。途中で別々になり、ゴミに埋もれて休み、笑った顔を凍りつかせており、やがてビル群の下流へ消えて行く。物語とは関係なしに心うたれるラストだった。

(評価:★3)

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