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[コメント] 忘れじの面影(1948/米)

ツヴァイク原作、世紀末ウィーンの見事な再現。「陽気の黙示録」は暗転に向かう。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







死者からの手紙による回想、ナレーションという作劇。冒頭から「お読みになる頃は死んでいます」と語られる。この手紙、映像では二、三枚に見えるが、あれだけの分量を語るには足りなかっただろう。漱石の「こころ」の先生の遺書と同じでおかしいのだが、どうでもいい細部。

ジョーン・フォンテーン30歳、子供時代の演技が印象的でたいへん蓮っ葉な造形、頭を下げて犀のように走る様がいい。彼女の無口はアート・スミスの執事の発話障碍と倍音を発していて、序盤は彼女も口がきけないのかと戸惑わせる瞬間がある。大人になる後半はよく喋るようになるのだが、前半のイメージが継続していてこの序盤、ブラントの練習するピアノを自宅で聴いていた片想いの頃が、私の生涯で一番楽しい時だったという回想が忘れ難い。

しかし、この一途な想いは無垢のまま拡大されていく。引越しの日に空になった元自宅のアパートに戻って、女連れで戻るブランドを見る。大人になっても窓の下に通って、ついにデートに持ち込む。『第三の男』で有名な大観覧車は本作でも背景で登場する。所在はプラーター公園という有名な遊園地らしく、ふたりのデートの場所もここなんだろう。小父さんが自転車漕いでいる車窓から世界巡りのからくりが愉しく、リンゴ飴は日本の屋台と同じものだった。ブラント役のルイ・ジュールダンが流麗にピアノ弾いている。

そして暗い廊下を蝋燭持ったシスターが歩む病院の暗転。ピアニストの息子を産み育てて9歳、軍人と再婚。オペラで落ちぶれたブラントの背中を見て「そのとき全ては危険になった」というナレーションの的確さ。思い出の白いバラを街頭で売る老人の「閉店セールでさあ」。ブランド宅で関係は破綻、息子の死、自らも。

冒頭で逃げる準備をしていたブラントは手紙を読んでラスト、一転決闘を受ける。、軍人と決闘するのだから当然殺される元ピアニストは、意図的なのか運命なのか、リサの跡を追うのだった。アパートの出口で扉を開ける少女時代のリサの幻影に見送られる。見事な収束で、映画は突然に視点を転覆させてブランド視点になり、彼はこの運命の女により罰を下されたと知る。この件、優しい劇伴は流れているのだが、その実辛辣なものと受け取った。

(評価:★5)

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