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[コメント] 証人の椅子(1965/日)

ヤマサツの冤罪映画は『松川事件』『にっぽん泥棒日記』に続くもので、本作は裁判シーンは極く少なく、代わりに検察批判を踏み込んで描いている。当時まだ再審請求中の作品。奈良岡朋子の科白が全部刺さる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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徳島ラジオ商殺し事件、事件発生は1953年、懲役刑確定は58年。直後に店員が偽証を告白、真犯人を名乗る者が出頭したが不起訴(沼津署)。再審請求が始まる。本作公開の翌年、66年に仮出所。79年に死去。再審請求は姉弟が引き継ぎ、80年に最新開始。85年に無罪判決。

山口検事(新田昌玄)は物語をつくる。「金も盗まれず、滅多突きの殺人は怨恨、内部犯だ。妻も刺されているが、死んだ夫が一時的に刃物を奪ったとすれば脈絡があう」この思いつきから、物語を組み立てる。内縁の妻洋子(奈良岡朋子)に自白を強要、目撃者の若者、坂根(樋浦勉)と柳原(寺田誠)にも拘留40日、逃げたい一心を利用して嘘の供述を始める。「奥さんに頼まれて電線切った、刀は頼まれて組に取りに行った、包丁川に捨てた」。

山口は何度も上司からでっち上げじゃないかと問われて隠す。裁判の後、浜田(福田豊土)の努力で供述を翻す。ふたりの調査を始めた人権擁護局の課長加藤嘉は、局に法的な実行力はないと云う山口検事に語る。「あなたは生きた法律を知らない」。検察はふたりに介入し、浜田を証人威迫罪と脅す。

ついには上司の下條正巳は山口に地方回りを命ぜられる。検事役の新田昌玄のつるんとした美男子振りが印象的だ。犯行を推理ゲームのように組み立てて出世していく血も涙もない公務員の典型が示されている。しかし、山口の前に加藤嘉の局課長も左遷されている。

人事異動というのだけは、人事権は組織にだけあるのだからどうしようもない。いまでも原発裁判で市民寄りの判決下した裁判官が左遷されている。人事権を権力の中枢に据えている昨今の政権など恐ろしい限りだ。

奈良岡朋子は当然のように好演。上告を取り下げて批判する親族に「無罪を裁判所は信じてくれない。子供たちに信じて貰えたらそれでいい」「お父ちゃんを殺した奴を誰も探してくれない。刑期を終えて出所して、自分で探す」「たいへんなお金がいるんだよ。家も土地も手放した」。

そして色々あった中終盤には不在で、ラストで久々に再登場して独白する。「黙っているのは、話が相手に通じないから」。解決への進展など関係なしに、彼女の不信は深まっていったのだと伝えている。でっち上げ捜査は底無しの人間不信を生んだ。どの科白も深い処まで届いている。

上村竜一は元はドキュフィルム専門で、らしいショットにいいものがあった。私的ベストショットは、上京した坂根が毒を呑んでいないか気になって(「養老の瀧」から)宿屋に駆け込む浜田のコマ落としショット。坂根がもう聞きたくないと両手を両耳に充てるショットも印象的だ。もうひとつ、人権擁護局課長が浜田に転任を告げて逃げる喫茶店、背景のレースのカーテン、その向こうを行き過ぎる人の波というショットも異様さを盛り上げて決まっている。ガラスの割れる音や槌音などが唐突に使われて臨場感溢れる音響も効果的だった。

(評価:★4)

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