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[コメント] 最後の脱走(1957/日)

八路軍に強制徴用される看護学校生徒らの受難に、お前らだって同じことしただろうと丁寧に因果応報のニュアンスが込められた八住利雄の真摯な作劇。佐藤允の登場は愚連隊シリーズの予告編のようだ。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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もっとも被害が酷かったとナレが入る満蒙国境移民団、数十名が大八車で逃亡中、馬に乗って襲ってきた匪賊に応戦(持っているんだ)、ひとりを撃ち殺してしまう。すると八路軍(パーロと呼ばれている)がトラックでやって来て、孫平田昭彦は誰が殺した、名乗り出なければ全員銃殺だ。正当防衛の主張は聞き入れられず、毛沢東の肖像画描かれた煉瓦の門聳える拠点の村に全員連行して、身代わりに名乗り出た山田圭介はその晩に裁判もなしに銃殺。なんで匪賊なのにという問いには、八路軍は強盗団だって味方に取り込もうとしているのだと説明が付されている。

この村で看護学校生徒の白蘭(びゃくらん)部隊と先生の原節子は、野戦病院に看護婦として徴用される。男たちは陣地構築と噂されるがその後は登場しない。病院院長の中国人劉笠智衆は話の判る人物で、外科医の鶴田浩二はシニカル。元衛生兵で下働きの沢村いき雄太刀川洋一は原と旧知という設定。逃亡は厳禁、逃亡者が逃げ損なって蒋介石軍に捕まり、八路軍の情報を漏らされるのを嫌うためだと内戦の事情が説明されて、彼等の以降の執拗な逃亡者追跡の動機としている。生徒らは日本のラベルばかりの薬品をみて負けるってこういうことねと噂する。

中国共産党に対するいろいろなニュアンスが本作の見処。太刀川は八路軍は反抗せねば無茶はしませんと生徒らに伝え、生徒らは共産主義を教えてと冗談を云って笑っている。殺された山田の娘団令子は最初、共産軍の食事(高粱飯)など取らないと拒絶している。これらはなぜか、までは語られない。山田を殺された憾みと、戦前戦中の彼女らの認識と、どちらが勝っているのか判別し難かった。

本作には因果応報というニュアンスが方々に込められている。妻が中国人に犯され自死したシニカル鶴田は原に「恨むなら見捨てて逃げた日本兵を恨め」と云い、「貴方だって軍人じゃありませんか」と云い返される。院長の笠は最後まで鶴田らに、ともに新生中国を建設しようと真摯に語っているが、日本人は誰も相手にしていない。強制徴用なのだから当然だろう。在日コリアンが本邦の政策に誰も真面目でなかったのとパラレルである。笠はいま日本に帰っても苦労するだけだと繰り返すが、生徒たちは帰国を切望している。

生徒らに強姦に気をつけろという鶴田は、戦地ならどの国も同じと付け足す。原を強姦した八路軍の佐藤允(その獣性に、連戦で苛立っていたからという説明が加えられている)は「お前らも同じことしたではないか」と救出に来た鶴田に喰ってかかる。強姦されて「汚い」と泣く原の壮絶な演技にも、同じ涙を中国の女たちも流したであろうと感じさせるものがある。空のピストル渡して原に自殺させ、君は一度死んで生まれ変わったんだ、ちっとも汚くないと口説き始める気障な鶴田は、日本の女はすぐ死ぬからいけないと諭している。ここに、中国の女ならこんなことで自殺しない、というニュアンスはあっただろうか。

一方で鶴田は、日本兵山本簾より先に八路軍の上官を治療しろとピストルで迫る平田に、日本人も中国人もない重症の方から治すんだと従わない。これらのエピソードはどれもいいものだった。戦中から日本兵がこうだったら、戦後も変わっただろうにと思わされる。

他方、本作で最低男に指名された堺佐千夫は、取り入って土工ではなく運転手になり、薬品室から阿片を盗み出して中華料理店に横流しして儲け、最後の脱走では鶴田を見捨てようとして山本簾にスパナで殴り殺される。しかし代わって逃走トラックのハンドルに握る山本の耳に、路上に倒れた鶴田の逃げるんだの声がなぜか聞こえてアクセル踏むという収束は、いつから霊媒師になったのだろうと思わされ、いくら何でも出来損ないだろう。

蒋介石軍迫る、八路軍撤退の報を受け鶴田は原と生き直すために脱走を決意、という終盤。脱走は平頂山にいる山本の部隊を目指しているのだが、部隊は彼女らを助けるのだろうか、というところで不安定な設定でもあった(平頂山事件との関連を映画はどう考えていただろうかとも思う)。村落など美術が充実しており、脱走劇の橋爆破(八路軍が仕掛けたが鶴田のクルマは免れ、渡り切ったあと、追跡を妨げるために鶴田は戻って橋爆破して逃げ遅れる)のアクション。中盤、先走って脱走して殺されてしまう太刀川と団の件(円形の壕が印象的)も、終盤の沢村の抗戦射殺が哀しかった。

(評価:★4)

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